「TAS Super LP List」をパブリックドメインで検証する(12)~バルトーク:管弦楽のための協奏曲 フリッツ・ライナー指揮 シカゴ交響楽団 1955年10月22日録音

今さらこんな録音を取り上げてみても何の目新しさもないのですが・・・(-。-;) 、と言われてしまいそうなのですが、それでもこれほどのクオリティが1955年において実現していたと言うことは見ておく必要があるのです。
「TAS Super LP List」がノミネートしているレコードは「RCA/Analogue Productions LSC-1934」となっていますから、2014年に復刻されたLP盤です。

RCA/Analogue Productions LSC-19348復刻盤)

このフリッツ・ライナーによるバルトークの「管弦楽のための協奏曲」は、録音だけでなく演奏においても歴史に名を残す名盤ですから、数え切れないほどの再発を繰り返してきました。ですから、どのレコードを「優秀録音盤」としてノミネートするのかは難しいところかもしれません。
中古レコード市場では今もなお「初期盤信仰」が根強く存在しています。

このライナー盤の初期盤は「RCA Victor Red Seal LM 1934」です。ただし、これはモノラル盤ですから、一般的には「優秀盤」からは除外されざるを得ないでしょう。
今さら言うまでもないことですが、1955年当時はステレオで録音する技術はあっても、それを再生できるLPレコードは未だに存在しなかったのです。

RCA Victor Red Seal LM 1934(モノラル盤)

これは考えてみれば凄いことです。
いち早くステレオ録音に取り組んだRCAは、それを商品として売り出すための技術が未確立な状態でゴーサインを出したのです。

ですから、このライナー盤が本来のステレオ録音として世に出たのは、2年後に発売された「RCA Victor Red Seal LSC-193」でした。

RCA Victor Red Seal LSC-193(ステレオ盤)

それから、余談になりますが、ステレオという新しい技術をいち早く体験したいというユーザーのために、RCAはテープ録音(RCA – ECS 9)を発売しています。

RCA – ECS 9

かなり高価なものだったようですがそれなりに売れたようなので、50年代のアメリカというのは色々な意味において黄金の時代だったのでしょう。

「TAS Super LP List」がアナログレコードを対象にしたものなので、テープ媒体の「RCA – ECS 9」は対象外となるのですが、音質だけを考えればかなり魅力的な存在かもしれません。
しかし、それはあくまでも対象外なので、世間の「初期盤信仰」に従うならば、ノミネートすべきは「RCA Victor Red Seal LSC-193」ということになります。

ところが、そこで一つ問題が発生します。
それは、漸くにしてステレオ録音を刻み込む技術が生み出されたのですが、その後の技術的な進展を考えれば生まれたばかりの技術レベルでカッティングされたレコードを、本当に「優秀録音盤」としてノミネートしていいのかという問題です。

一般的に「初期盤」が高く評価されるのは、それがマスターテープからカッティングされているからです。
そして、それは何回コピーを繰り返したかも分からないようなテープからカッティングせざるを得なかったいわゆる「国内盤」の価値を下げる根拠ともなっていたのです。

しかしながら、50年代から60年代にかけてカッティングされたレコードには低音域をモノラルでカッティングせざるを得なかったと言う技術面での致命的な欠点がありました。
その他にも、機械的要因に伴う歪みも無視できないレベルで発生するという技術的限界もありました。
さらに、レコードの原料である塩化ビニールの質もあまりよくなかったので、それがノイズのレベルを上げる要因にもなっていました。

つまりは、初期盤というのはマスターテープから直接カッティングされたというメリットと、初期レベルだった技術的限界という微妙なバランスの上に成り立っているのです。

そう言うことを考え合わせると、1970年代以降に再発されたレコードというのはカッティングマシンの大幅な性能向上などのの恩恵を被っていますから、300円均一の箱に入っているものでも意外なほど音がいいものがまじっています。
最近、日本橋の中古レコード店を回っていると、大量の「国内盤」を買い付けている外国人の方とよく出会います。お店の人にうかがうと、日本人のリスナーはレコードの扱いが丁寧なので、状態もよくて音質もいい「国内盤」をターゲットに買い付けに来る人が増えているのだそうです。

ですから、ここ数年のアナログ復活の流れの中で、きわめて良好な状態で復刻されたレコードの中には驚くほど音がいいものがゴロゴロ存在しています。
「TAS Super LP List」を眺めていると、180グラムの重量盤として復刻されている優秀録音があれば、殆どそちらの方をノミネートしているようです。

一般的に言って、状態のよい初期盤というものは数は少なくて、それとは裏腹に、「初期盤信仰」によって「初期盤」を入手したいという人が多いという需給のアンバランスは「価格の高騰化」という困った状態を引き起こします。
ですから、「TAS Super LP List」のようなところで、初期盤ではなくて復刻盤の音質を正当に評価していくというのは、そう言う困った状態を少しでも解消していくことに役立つのではないかと思われます。

バルトーク:管弦楽のための協奏曲 フリッツ・ライナー指揮 シカゴ交響楽団 1955年10月22日録音(BMG/RCA:82876 61390 2)

さて、この録音なのですが、「耳に突き刺さるのではないかとすら思える、硬く引き締まった辛口なサウンド」と評している向きもあります。
「耳に突き刺さる」というのはどう考えても肯定的評価とは言えませんから、そうなると「TAS Super LP List」とは全く立場を異にすると言うことになります。

もちろん、「TAS Super LP List」が常に正しいというわけではないのですが、それでもこのリストは長い歴史を持ち、その歴史の中で多くの「うるさ方」の視線に耐えてきているのですから、それなりの妥当性を有していることは否定できません。

そして、それではお前はどう思うんだと問われれば、やはり「耳に突き刺さる辛口サウンド」という評価には同意できないのです。
さらに言えば、この「耳に突き刺さる辛口サウンド」と言う表現が、いわゆる「レザー・シャープ」、カミソリの刃のような鋭さを持った音だということを言いたいがための「不適切な使用」だとしても、やはり同意できません。

この録音の魅力は、その様なオーディオ的な凄みを見せつけることではなくて、ライナーが実現しようとした音楽の形を自然な形で表現していることに尽きるからです。
おそらく、ステレオ録音黎明期の事ですから、録音する側にしても「サウンド・ステージ」などと言う概念は全くなかったはずです。しかし、ルイス・レイトンの天才はこの巨大な管弦楽作品が生み出す広大な音場を見事にとらえています。
左右への広がりが申し分ないのは当然としても、天上方向に向かっても、そして奥行きという点においても不満は感じません。

その効果がもっともよくあらわれているのが第2楽章の「Presentando le coppie(対の提示)」です。
そこでは、2対の木管楽器群が異なった音程でパッセージを演奏し、そこに小太鼓の印象的な響きと金管の静かなコラールなども加わって、まるで舞台の上に次々と役者が登場してくるような世界を見事にとらえきっています。

さらに、第3楽章の「Elegia(悲歌)」では、ライナーは思いの外たっぷりと歌わせるのですが、その哀しみに満ちた「夜の歌」の響きがホール全体に広がっています。
また、最終楽章「Finale(終曲)」の中間部のおける見事な対位法でも響きは混濁することなく、金管群を中心として描かれていく繊細な織り目を美しく描き出しています。

カルショーの著作でステレオ録音黎明期の「とんでもエピソード(次回にでも詳しく紹介)」を知った後だけに、こういう形でステレオ録音が市場に登場できたことはこの上もない幸せだったと言わざるを得ません。