「TAS Super LP List」をパブリックドメインで検証する(18)~ドヴォルザーク:交響曲第8番 イシュトヴァン・ケルテス指揮 ロンドン交響楽団 1963年2月22日~26日録音

おそらく、「Decca」というレーベルが成し遂げたオーケストラ録音の最良の成果の一つがここにあることは間違いありません。
そして、冒頭の響きを聞くだけで、これが「Kenneth Wilkinson(ケネス・ウィルキンソン」によって録音されたであろう事は容易に想像がつきます。

ところが、念のために確認してみて驚かされました。
なんと、このケルテスとロンドン響によるドヴォルザーク交響曲全集の大部分は「Kenneth Wilkinson」が録音エンジニアを担当しているのですが、「TAS Super LP List」がノミネートしている第8番だけは「Arthur Lilley(アーサー・リリー)」によって録音されているのです。
ちなみに、録音プロデューサーは全9曲ともに「Ray Minshull(レイ・ミシェル)」が担当しています。

「Ray Minshull」はカルショーよりも遅れて「Decca」に参加し、カルショーのもとで腕を磨きながら、やがては「Decca」の屋台骨を支えるようになった人物です。
しかし、「Arthur Lilley」なる録音エンジニアに関しては始めて見る名前で、詳しいことがよく分かりません。

1916年生まれと言うことなので、年齢的にはカルショーやミシェルよりも年長です。
しかし、その担当した録音を見てみるとマントヴァーニ楽団などの軽音楽が中心ですし、クラシック音楽関係で言えばごった煮の小品集のようなものが多くて、オーケストラも「Decca」がスタジオ録音用に編成した「The London Festival Orchestra」をあてがわれることが多かったようです。

「Arthur Lilley」が担当したマントヴァーニ楽団のレコード

カルショーは、才能がありながら軽音楽の担当ばかりやらされるという不当な扱いを受けていた人物として、クリストファー・ジェニングスの名前を挙げています。
そして、彼が不当な扱いを受けた背景にはクリップスを怒らせた事があったと述べています。

その怒らせた原因というのがジョニングスがクリップスのヨハン・シュトラウスの演奏を「誉めた」からだというのです。
そう言えば、オペラを振らないオーマンディが珍しくシュトラウスの「こうもり」を録音したときに、ストラヴィンスキーは「最高のヨハン・シュトラウス指揮者」と「誉める」事によってオーマンディを貶めた事がありました。

しかし、ジェニングスが書いた記事はその様な屈折したものではなかったのですが、クラシック音楽の指揮者にとってヨハン・シュトラウスの音楽を誉められると言うことは微妙な問題をはらむようなのです。
そして、その事がどうしても許せなかったクリップスはオロフと結託してジェニングスを窓際に追いやったとカルショーは述べています。

カルショーはこのジェニングスをめぐる出来事は終生忘れなかったようで、辛辣な悪口が少ない自伝の中で、「Decca」の二人の経営者をのぞけば数少ない例外がクリップスでした。

ひどく退屈なアリアの録音にかかった。最後に、インゲ・ボルクが「サロメ」の最終場面を録音したが、その指揮者は、最高に不適切な選択、ヨーゼフ・クリップスだった。

まあ、こんな調子です。

話が横道にそれましたが、こういう調子で「Decca」でともに働いた同僚達についても詳しくふれているのがカルショーの自伝なのですが、不思議なことに「Arthur Lilley(アーサー・リリー)」にかんしては一言も言及していないのです。
と言うことになると、かれは基本的にはクラシック音楽を担当する部門とは全く異なる部門に属していたのだと考えられます。それ故に、カルショーにしてみれば思い出として残るような接触はほとんどなかったのでしょう。

そう言えば、この第8番の録音は全集の中では一番最初の録音でした。
いささか煩わしいのですが、全集録音のクレジットを記しておくと以下のような順番になっています。

  1. 交響曲第8番 ト長調 作品88(B.163):1963年2月22日~26日録音
  2. 交響曲第7番 ニ短調 作品70(B.141):1964年3月5日~6日録音
  3. 交響曲第5番 ヘ長調 作品76(B.54):1965年12月6日~10日録音
  4. 交響曲第6番 ニ長調 作品60(B.112):1965年12月6日~10日録音
  5. 交響曲第3番 変ホ長調 作品10(B.34):1966年10月11日~12日録音
  6. 交響曲第4番 ニ短調 作品13(B.41):1966年10月14日~17日録音
  7. 交響曲第9番 ホ短調 作品95(B.178)「新世界より」:1966年11月21日~12月3日録音
  8. 交響曲第2番 変ロ長調 作品4(B.12):1966年11月21日~12月3日録音
  9. 交響曲第1番 ハ短調 作品3(B.9) 「ズロニツェの鐘」:1966年12月1日~3日録音

おそらく、ケルテストとロンドン響が第8番の録音を行ったときは、それが全集になると言うことは全く想定していなかったでしょう。
ケルテスは未だ若手の指揮者であって、その才能は間違いはないとは思っていたでしょうが、まだまだ先の見えない存在でした。

さらに言えば、ケルテスは「Decca」が囲い込んできた過去の巨匠達と較べると明らかに異なった価値観を持った新しい時代の指揮者でした。
特に、契約とかそれに伴う報酬に関しては無頓着だった過去の巨匠達とは違って(もしくは吝嗇ではあってもその手の知識には乏しかった巨匠達とは違って)、主張すべき事は明確に主張するというスタンスを持った音楽家であり、レーベルの経営者にとっては「扱いにくい」若者とうつっていたようなのです。

ですから、この第8番の録音はそんなケルテスのお手並みを拝見するという感じだったのかもしれません。そして、その程度の認識だったが故に、録音エンジニアに関してはたまたま手の空いていた「Arthur Lilley」がかり出されたのかもしれません。
もっとも、状況証拠に基づく想像にしか過ぎないのですが、そう言う気楽な想像が許されるのが私たち素人の特権です。

学者というのは不自由なもので、彼らは確実な証拠によって裏付けが取れたものしか発言は許されません。しかしながら、この世の中の出来事で確実な裏付けが取れるようなものはごく僅かであり、結果として彼らはごく僅かのことしか発言できないという不自由を背負い込むのです。
もっとも、その制約を投げ捨ててしまえば彼らは学者ではなくなるのですから、それは仕方のないことなのですが、それでも気楽に羽ばたかせた想像に多くの真実がひそんでいることも多いのです。

とは言え、「Arthur Lilley」は実にいい仕事をしたものです。

ドヴォルザーク:交響曲第8番 ト長調 作品88 イシュトヴァン・ケルテス指揮 ロンドン交響楽団 1963年2月22日~26日録音(Collectors Edition 478 6489)

Decca/Speakers Corner SXL-6044

最初にも述べたように、ここには管弦楽曲に対する「Decca」録音の最も優れた特徴が全て詰め込まれています。

その特徴の第一は、なんといっても管弦楽に相応しいマッシブでありながらふくよかな響きが広大な音場空間にそそり立つことです。

そして、次に指摘したいのは、艶やかな弦楽器の響きが広大に広がり、そこに加わってくる各セクションの楽器がおさまるべき場所にピタリとおさまっていく事です。
この、おさまるべき場所にピタリとおさまっていくというのは、驚くほどの生々しさを聞き手に感じさせます。

最後に、当然と言えば当然かもしれないのですが、音楽がフィナーレに向かってこの上もなく巨大に膨れあがっていってもオーケストラの響きには一切の混濁が生じませんし、逆に、音楽がピアニシモに沈み込んだとしても楽器の実体感を失うこともありません。

そして、それらは全て、基本的にこの時代の優れた「Decca」録音に共通する美質なのです。

にもかかわらず、なぜに「TAS Super LP List」では「Kenneth Wilkinson」ではなくて、唯一彼以外の人物が録音エンジニアを務めた第8番を選んだのでしょうか。
さらにいえば、「Arthur Lilley」が担当したこの録音は、「Kenneth Wilkinson」が担当したそれ以外の録音と比較したときに、明確に優位性を主張できるポイントがあるのでしょうか。

交響曲第7番 ニ短調 作品70(B.141) イシュトヴァン・ケルテス指揮 ロンドン交響楽団 1964年3月5日~6日録音

これは、「Arthur Lilley」が担当した第8番の次に録音されたものです。おそらく、この時点で「全集完成」に向けてゴーサインが出ていたはずです。
確かに悪い録音ではありませんが、第8番の時に感じた響きのふくよかさという点では一歩譲りますし、各セクションの楽器があるべき場所にはまりこむ生々しさという点でも一歩譲るように思われます。

そして、それは「Kenneth Wilkinson」の責任だけでなく、ケルテスにも責任があるのかもしれません。
つまりは、ケルテスといえども第8番の時に見せたような、オーケストラに対する完璧なコントロールはいつも実現できるわけではなかったと言うことです。

おそらく、ケルテスにとっての第8番の録音は、「Decca」と言うレーベルにおいての自らの地位を確立していくためには絶対に失敗が許されないセッションであり、それ故にそれにかける意気込みも凄かったのでしょう。

そして、ヴィクター・オロフ以来、脈々と築き上げてきた「Decca」録音スタイルというのは、その基本を守るスキルを身につけていれば、たとえ「Kenneth Wilkinson」のような大物でなくても非常にレベルの高い録音を作りあげることが出来た事を示していたのかもしれません。
そして、それこそが長きにわたって多くのオーディオ・ファイルから指示されてきた「Decca」の強みだったのです。

それにしても「TAS Super LP List」のチョイスは実にシビアであり、的確であると言えます。