「TAS Super LP List」をパブリックドメインで検証する(19)~モーツァルト:弦楽四重奏曲 K.159,K.160,K.168,K.169 バリリ弦楽四重奏団 1955年2月録音

「TAS Super LP List」はけっこう膨大なリストであり、その中のかなりの録音がパブリックドメインになっていますから、さて次はどれを紹介しようかと考えるは小さな楽しみの一つです。
ただし、最近はアルファベット順にめぼしいものをピックアップしていたのですが、しばらくはもう少し自由にチョイスしていこうかと思います。

と言うのは、何気にリストを眺めていて「おやっ?」と目にとまったのがこの「Westminster(ウェストミンスターレーベル)」によるバリリ四重奏団の録音だったからです。

モーツァルト:弦楽四重奏曲 K.159,K.160,K.168,K.169 バリリ弦楽四重奏団 1955年2月録音(Westminster XWN 18042)


正直言って、この選択にはいささか驚かされました。

その驚いた要因は、まず第一に「モノラル録音」であること、さらには「Westminster」の録音であること、最後に「バリリ四重奏団」の録音であるという3点でした。

まず最初の「モノラル録音」であるという点なのですが、それは「TAS Super LP List」でリストアップされている「モノラル録音」はごく少数だと言うことに関係します。
つまりは、「TAS Super LP List」で選ばれているモノラル録音は、言葉をかえれば「モノラル録音界のスーパースター」ということになるのです。

率直に言えば、この録音がその様な「特別な地位」を占めるほどの録音だったのかという驚きです。

さらに二つめの驚きだったのが、その様な特別な地位を占める録音が「Westminster」によって成し遂げられていたのかという驚きと疑問です。
なぜならば、「Westminster」と言うレーベルは録音のクオリティにその様な高い意識を持っていたという認識が私には全くなかったからです。

今さら言うまでもないことですが、「Westminster」はアメリカのマイナーレーベルでした。
そんなマイナーレーベルが戦後の一時期にウィーンを中心に精力的に録音活動を展開できたのは、第2次大戦後に固定相場制に移行することでオーストリア・シリングがドルに対して50%以上も切り下げられるという経済状況が生まれたからでした。

ヨーロッパの演奏家はアメリカの演奏家に対してもとからが格安のギャラだったのに、それが実質的に半額以下になるのですから、資金に乏しいマイナーレーベルにとっては願ってもない状況が生まれたわけです。
もちろん、その様な状況を活用したのは「Westminster」だけではなくて、それ以外にも「Concert Hall Society」や「Vox」などの数多くのアメリカのマイナーレーベルがウィーンを中心に録音活動を行うようになるのです。しかし、その様なレーベル名を見ただけで納得されると思うのですが、その大部分は録音のクオリティに対してそれほど高い意識を持っていたとは言い難いのです。

さらに、最後は半ば冗談みたいな話になるかもしれないのです、その「Westminster」の録音の中でも、よりによってバリリ四重奏団のものがリストアップされているのを見て「マジかよ!!」と驚いてしまうのです。
なぜならば、お若い方には何の話か見当もつかないかもしれませんが、その昔、国内盤として発売されていた「バリリ四重奏団」のレコードはどれもこれも盤質が悪くて、再生すると「バリ、バリ、バリッ」と雑音がのるので「さすがはバリリ四重奏団!!」などと言われていたのです。
ですから、バリリ四重奏団のレコードは演奏は素晴らしいが音が悪いというのは、ある年齢以上の人にとっては一種の刷り込みのようなものなのです。

とまあ、そう言うようなわけで、どこから何処を見回してみても、これが「SPECIAL MERIT(優秀録音)」にリストアップされているというのは「驚き」以外の何ものでもなかったのです。
しかしながら、実際に聞き直してみれば、なるほど選ばれるにはそれ相応の理由があると言うことに気づき、納得もさせられるのです。

モーツァルト:弦楽四重奏曲第7番 変ホ長調 K.160(159a) バリリ弦楽四重奏団 1955年2月録音(Westminster Legacy CD37)

すでに、「TAS Super LP List」にリストアップされているモノラル録音としてヨハンナ・マルツィによるモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第4番を紹介してあります。
そこで感じたことがこの録音にも基本的にあてはまるのです。

協奏曲における「お約束」である管弦楽による前奏という露払いが終了してマルツィの独奏ヴァイオリンが入ってくると度肝を抜かれます。
まさに日本刀の切れ味のごときヴァイオリンの響きが聞き手の耳を直撃します。

モノラル録音にとって「弦楽四重奏曲」は扱いにくいジャンルです。それは管弦楽曲以上にある種の窮屈さを感じてしまうからです。
しかし、そう言う窮屈さはこの録音においても払拭はしないのですが、そう言う不満をねじ伏せてしまうほどの切れ味抜群の弦楽器の響き、とりわけファースト・ヴァイオリンを担当しているバリリの切れ味鋭い響きが見事にとらえられているのです。

どうやら、「TAS Super LP List」がモノラル録音に対して求めるのはこの「切れ味」のようです。
そして、この鋭い「切れ味」をどのように再生するかは、こちら側に突きつけられた課題ともなります。

言うまでもないことですが、この鋭さを丸め込んで耳あたりをよくしてしまったのではこの録音の魅力だけでなく、演奏そのものの魅力もとらえ損ねてしまいます。
かといって、その「鋭さ」を追い求めるあまり、それが耳を刺すような「きつさ」になってしまっては音楽を楽しむどころではなくなってしまいます。

ヴァイオリンという楽器を生で聞けばすぐに分かることなのですが、そこには妖艶な美しさだけでなく、その妖艶さの中にドキッとするような鋭さや、時にはある種の汚さのようなものも含んでいます。そして、それら全てが合わさってこそヴァイオリンの魅力が立ちあらわれるのですが、モノラル録音というのはそう言うヴァイオリンの響きを一切の曖昧さを許さない形で突きつけてくるのです。

しかし、ここでふと一つの疑問が頭をよぎります。
それは、1955年2月には、これ以外にも数多くのモーツァルトの弦楽四重奏曲をバリリ四重奏団は「Westminster」で録音しているのですが、「TAS Super LP List」は「Westminster XWN 18042」に収録された「K.159,K.160,K.168,K.169」の4曲だけをチョイスしているのはなぜかと言うことです。
たとえば、「Westminster WN 18053」というレコードには「K.155,K.156,K.157,K.158」が、「Westminster XWN 18168」には「K.80, K136, K137, K138」が収録されているのですが、それらを「TAS Super LP List」は選んでいません。
録音クレジットを見れば、それらは全て1955年にウィーン・コンツェルトハウスの「モーツァルトホール」で録音されています。
録音に携わったプロデューサーやエンジニアはどうしても分からなかったのですが、このような集中的な録音であればおそらくは全く同じチームで、さらにはマイクセッティングなどもほぼ変更はしないで録音を行ったはずです。

にもかかわらず、この「Westminster XWN 18042」に収録された「K.159,K.160,K.168,K.169」だけが、他と差別化されるようなクオリティがあるのかという疑問がわき上がってくるのです。
と言うことで、これは聞き比べるしかありません。

モーツァルト:弦楽四重奏曲第1番 ト長調 「ローディ」 K.80(73f) バリリ弦楽四重奏団 1955年2月録音(Westminster Legacy CD35)

Westminster XWN 18168

意外なほどに優れた録音であり、一般的はモノラル録音のレベルを考えればこれでも十分に優秀なものだと言えます。どうやら、世間一般で思われているほどに「Westminster」は録音のクオリティに関しては無頓着ではなかったようです。
しかしながら、もしかしたら「Westminster XWN 18042」が「SPECIAL MERIT」に選ばれているというプラシーボ効果があるのかもしれませんが、そちらの方には薄皮を一枚剥いだような透明感があるような気がします。そして、その事が楽器の分離を向上させて、たとえばK.168の第2楽章「Andante」などではモノラル録音特有の窮屈さを払拭しているように聞こえる場面も生んでいます。

ただし、この違いから何故に生じたのかはどうしても分かりません。
その事は、録音という行為の難しさをあらわしているのかもしれません。

なお「(Westminster XWN 18042)」というレコードは中古市場でもほとんど見かけないですね。
ジャケット写真として掲げたものも、細かく見てもらえば分かると思うのですがマトリックス番号が異なる別ヴァージョンです。、


2 comments for “「TAS Super LP List」をパブリックドメインで検証する(19)~モーツァルト:弦楽四重奏曲 K.159,K.160,K.168,K.169 バリリ弦楽四重奏団 1955年2月録音

  1. yk
    2018年11月23日 at 10:28 PM

    yungさん同様私もコノ録音がことさら”優秀”録音として選ばれる・・・・と言う事実に驚いて、慌てて手持ちのLPをチェック・・・・と言っても、私の手持ちは1964年キングが発売した国内廉価盤全集の一枚なので、”TAS”が挙げている”オリジナル(?)”LPとの直接の比較にはなりませんが・・・・。それでもTASお墨付きの”優秀”録音の片鱗ぐらいはこの国内廉価盤にだって残っているかもしれん、と思って久しぶりに聴いてみました。私にとってWestminnsterの録音は殊更優秀と言う印象はないものの、さりとて殊更(盤質を含めて)劣悪という印象もありませんでしたが、改めて聞いてみると昔から何度も聴いてきた懐かしい”音”が蘇えってきました。
    周波数レンジもダイナミック・レンジも現代のハイレゾ録音には遠く及びませんが、yungさんご指摘のヴァイオリンの切れ味(雑音?)も必要充分に捉えられていて、弦楽四重奏というインティメットな音楽を聴くには良い録音だと改めて思いました。
    ただ、同時期に録音された他のK.155,K.156,K.157,K.158,K.80, K136, K137, K138を差し置いて、何故このK.159, 160, 158, 159のLP”だけ”がSuper LPに選ばれたのかは、yungさん同様私にも良く分かりませんでした。手持ちのキング盤では初期の四重奏は3曲/1枚の割り振りになっていて、このWN18092とは収録曲自体からして異なり、比較にはなりませんが、このWN18092が製盤過程なども含めて特別に優秀なのかもしれません。ソウであればこの選定は優秀録音というより優秀盤と言う基準により重点が置かれた選定と言う事になりますね。
    ただ、最近の録音ではホール音など間接・環境音を含めて捉えることにも重点が置かれる傾向が強いせいか、これらの録音に聞く弦(掻擦音)の生々しい音は弦楽四重奏の録音でも後退しているケースが多いように感じます。恐らく、こう言った違いは録音機材の特性などより、マイク・セッティングなどの要因が大きいんじゃないかと素人なりに想像しますが、その点でこれらの”古い”録音が”今”と言う時点で返って新鮮に聴こえると言う事はあるかもしれません。

    まあ、廉価盤とオリジナル盤、再生機材の優劣(因みに私のものは並級・・・)、聴く人間の聴覚能力(因みに私は聴覚劣化があってしかるべき老人・・・)の違いも大きいことでしょうから、客観的感想とはとても言えませんが改めて私的感想まで・・・・それにしても、この演奏団体も統一されていないWestminsterのモーツアルトの弦楽四重奏全集は戦後の録音復興・隆盛の活気も反映して、”良い”録音であることも今回再確認。

    • yung
      2018年11月24日 at 8:02 AM

      最近の録音ではホール音など間接・環境音を含めて捉えることにも重点が置かれる傾向が強いせいか、これらの録音に聞く弦(掻擦音)の生々しい音は弦楽四重奏の録音でも後退しているケースが多いように感じます。

      おそらく、昔からオーディオをやっている人にとってもっとも不満に思っているのがこの点でしょう。
      退職をしてからオーディオ関係のつながりが増えて、JBL+McIntoshという組み合わせでガンガン鳴らしている人が意外と多いことに驚かされたものです。

      しかしながら、この録音はそう言うスタイルの再生でも、音場感優先のスタイルでもかなり手強い音源だと思われます。
      そして、その手強さ故に録音のクオリティに対して疑問を持たれてしまう可能性が高いのですが、それをすくい上げた「TAS Super LP List」の見識に大したものだと思います。

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