「TAS Super LP List」をパブリックドメインで検証する(20)~ピアノ協奏曲第19番&27番 クララ・ハスキル/フリッチャイ 1955年&1957年録音(1)

これもまた、前回の「Westminster録音」と同じく、リストを眺めていて引っ掛かった録音です。

録音クレジットに関わる幾つかの疑問

リストには

「Mozart: Piano Concertos 19 & 27/Haskil, Fricsay, Berlin Philharmonic. DG/Speakers Corner DGR-18383」

と記されています。

フリッチャイとハスキルによる有名なモーツァルトのコンチェルト録音なのですが、幾つか補足が必要です。
なぜならば、「Mozart: Piano Concertos 19 & 27/Haskil, Fricsay, Berlin Philharmonic」となっているのですが、ベルリンフィルは19番のコンチェルトだけで、27番のコンチェルトはバイエルン国立管弦楽団です。

DGが責任を持って作成したと思われるフリッチャイのボックス盤には以下のようにクレジットされています。

  1. モーツァルト:ピアノ協奏曲第19番 ヘ長調 K.459:(P)クララ・ハスキル フリッチャイ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1955年9月21日~22日録音
  2. モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595:(P)クララ・ハスキル フェレンツ・フリッチャイ指揮 バイエルン国立管弦楽団 1957年9月7日録音

DGG LPM 18383 LP

おそらく、これが正しいと思われるのですが、「TAS Super LP List」がリストアップしている「DG/Speakers Corner DGR-18383」という復刻盤ではベルリンフィルしかクレジットされていません。

しかしながら、この復刻盤のクレジットをさらに注意深く見てみると、

Recorded September 1955 at Jesus-Christus-Kirche, Berlin, by Harald Baudis and May 1957 at Herkules Saal, Munich by Werner Wolf.

と記されています。

つまりは、片方はベルリンのイエス・キリスト教会で録音したのだが、もう片方はミュンヘンのヘラクレス・ザールで録音したと書いているのです。

ベルリンフィルがわざわざミュンヘンにまで出かけていって録音するなどと言うことはあり得ないので、ヘラクレス・ザールで録音したときのオーケストラはベルリンフィルではないのです。
と言うことで、おそらくはDGが責任を持って作成したと思われるフリッチャイのボックス盤に記されている録音クレジットが正しいと思われるのです。

しかしながら、フリッチャイのボックス盤のクレジットと復刻盤のクレジットでは、それ以外にも微妙に異なっている部分があります。

まず、録音年月日なのですが、復刻盤の方は「May 1957 at Herkules Saal, Munich」となってるのですが、ボックス盤の方は「Munich,Herkules Saal Septenber 7, 1957」となっています。

さらに、録音エンジニアに関しても両者のクレジットは微妙に異なっています。

Clara Haskil

復刻版に記されている録音クレジットでは、55年にイエス・キリスト教会で行われた録音エンジニアは「Harald Baudis」と記されていて、これはフリッチャイのボックス盤に記されているクレジット符合します。ところが、ミュンヘンのヘラクレスザールで行われた録音に関して、復刻盤は「Werner Wolf」と記しているのですが、ボックス盤の方は「Alfred Steinke」となっています。

つまりは、1957年の録音に関してはミュンヘンのヘラクレス・ザールで録音したと言うことだけは一致しているのですが、それ以外の録音年月日、エンジニア、さらにはオーケストラまでもが異なっているのです。

さらにもう一つ付け加えると、「TAS Super LP List」ではモノラル録音に関しては必ず(mono)と付記しているのですが、これに関しては何も記されていないのです。記されていないと言うことはステレオ録音だと言うことです。

実は、復刻盤の方にもモノラル録音である旨の記述が一切ありません。
「TAS Super LP List」に何気なく記されている「Mozart: Piano Concertos 19 & 27/Haskil, Fricsay, Berlin Philharmonic.」という記述はこの復刻盤のクレジットをもとに記したのは明らかです。そして、その復刻盤にはモノラル録音である旨は記述されていないので、リストにも(mono)と言う付記をしなかったものと思われます。

しかしながら、この二つの録音は紛れもなくモノラル録音なのです。

Ferenc Fricsay

そして、ここまで基本的なデータは異なっていると、まさかとは思うのですが、57年に別テイクの「ステレオ録音」があったのかと言う疑問もおこってきます。
それでもベルリンフィルがミュンヘンに出かけて録音するなどと言うことは考えられないので、やはり復刻盤の録音クレジットは間違いだと考えた方がいいと思われます。

しかしながら、そうなるとこの復刻盤を「SPECIAL MERIT(優秀録音)」としてリストアップするときに、きちんと試聴したのかという「恐ろしい疑問」がわき上がってきます。
それとも、1957年の5月に、ミュンヘンのヘラクレス・ザールでクララ・ハスキルとフリッチャイ&ベルリンフィルのコンビで、「Werner Wolf」なる人物が録音エンジニアをつとめたステレオ録音なるものが別に存在しているのでしょうか。

どうして、そう言う細かいことにこだわるのかというと、何処をどうひっくり返しても、このハスキルとフリッチャイによる録音が「SPECIAL MERIT」にノミネートされる理由を見いだすことが難しいからです。
実はこれが一番困ったことなのです。

ただし、私の手もとに「DG/Speakers Corner DGR-18383」という復刻盤はないので断定的なことは言えないのですが、ドイツ・グラモフォンが責任を持って編集・発行したと考えられるフリッチャイのボックス盤に収録されている上記の音源と復刻盤の音源が同じモノだと仮定するならば、そう言わざるを得ないのです。

モノラル録音だから駄目だと言っているわけではない

録音のクオリティに対して敏感だったのはアメリカとイギリスのレーベルであり、大陸側のレーベルはそれと比べるとかなり無頓着でした。
もっとも、アメリカのレーベルでもCapitolのようにいつまでモノラル録音であることに疑問を感じなかったところがあったのですから、ドイツ・グラモフォンが1957年になってもモノラル録音だったというのは驚く話ではありません。

さらにいえば、モノラル録音だからステレオ録音に劣るなどと一律に決められることでないことは、すでに紹介した幾つかのモノラル録音が証明しています。
しかしながら、フリッチャイのボックス盤に収められている音源を聞く限りでは、その様な優秀なモノラル録音としての美質を見いだすのが困難なのです。

そう思って、念のためにこの録音がいつの頃から「TAS Super LP List」にノミネートされているのかが気になったので調べてみると、何と昨年、2017年に始めてリストアップされている事が分かったのです。
つまりは、このチョイスは「TAS Super LP List」の創始者とも言うべき「ハリー・ピアソン」のあずかり知らないところで為されたモノだったのです。

なぜならば、ハリー・ピアソンは2014年にこの世を去っているからです。
「TAS Super LP List」はハリー・ピアソンの死によって一時中断するのですが、2016年から「TAS Staff」と呼ばれるメンバーによって新しくリストが更新されるようになります。
そして、その翌年の2017年にこの復刻盤が「SPECIAL MERIT」として新しく追加されているのです。

オーディオに詳しい人なら周知のことだと思われるのですが、ハリー・ピアソンと言う人はオーディオの世界で始めて音場感と言うことを主張した人でした。そして、そう言う生々しい3次元空間を再現するためには、余分な響きを一切付加しないための「ハイ・エンド・オーディオ」と言うことを唱えた人だったのです。
ですから、彼の時代にモノラル録音がノミネートされることはありませんでした。
ですから、モノラル録音が「TAS Super LP List」に始めてノミネートされたのは、ハリー・ピアソンが亡くなってから始めて発表された「TAS Super LP List 2016」においてでした。(Penderecki: Sonata for Cello and Orchestra. Muza XW576 (mono))

そして、その翌年には一気に大量のモノラル録音がノミネートされるようになり、そのうちの一枚がこのハスキルとフリッチャイの録音だったのです。
私は、ピアソンの時代にはなかったこの選択は大いに支持」したいと思うのですが、それでもこの復刻盤の関してはいろいろな意味で疑問がつきまとうのです。

ところが、この困った録音をあれこれ弄っているうちに面白いことに気づかされました。
ただし、それを書き出すとさらに長くなってしまいますので、今回はひとまずここで終わりにして、次回に続くと言うことなのですが、もしもこのコンビによるステレオ録音が別テイクとして存在しているよと言う人がいたら情報をください。


1 comment for “「TAS Super LP List」をパブリックドメインで検証する(20)~ピアノ協奏曲第19番&27番 クララ・ハスキル/フリッチャイ 1955年&1957年録音(1)

  1. yk
    2018年12月5日 at 2:54 AM

    これまた厄介なノミネートですね。私の手元にある最も古いLPは1960年台後半(記憶曖昧)に発売されたDGの廉価盤レーベルHeliodorの米国盤であるHS25042というもので、ジャケットには”Electronically enhanced for reproduction in STEREO”とあり、オリジナルは”MONO”であることが伺われます。私は何が何でもMONO原音派と言う訳でもないのですが、その私でもこの”擬似ステレオ”盤はお世辞にも良好音盤とは言えない代物です。それでも当時は貴重なハスキルによる27番の記録として聞き入っていた記憶があります・・・。
    で、このSpeakers Corner DGR-18383なるLPの”優秀さ”について私には何とも言う資格はないのですが、それでも敢えて厚顔を承知で言えばコノ録音に”Super LP”の冠を捧げるのは私には理解できませんね。劣悪盤、擬似ステレオ化、etc.の条件下でも特に”優秀”と言えるほどの録音であればソレを想像させる片鱗くらいは劣等盤にも残るものだと(マア、余り根拠のない希望的観測に過ぎませんが・・・)思いますが、この音源に関してはソレも”????”・・・と思わざるを得ません(禄でもない録音だと貶す気も毛頭ありませんが・・・)。コレを”優秀”と言うのであれば、”優秀でない”録音をリストアップする方が”リスト”としての価値はあるんじゃないかと思うくらいです。勿論”蓼食う虫も好き好き”で、コレを”Super LP”にリストアップするなど詐欺に等しい・・・と糾弾する訳でもありませんし、ハスキルの貴重な記録としての価値がそれで下がるものでもないとも思いますが・・・・。
    因みに、フリッチャイとの19番の音盤については色々ややこしい事情もあるようです(http://ginjatei.blog27.fc2.com/blog-entry-78.html参照)。また、27番については私も”バイエルン国立管弦楽団、MONO録音”で良いのでは無いかと思いますが、J. Spycketのハスキル・ディスコグラフィーにはこの録音について、”Munich(Herkules-Saal), 7-9/May 1957″とした後に、
    “Haskil and Fricsay repeated this concert with the same orchestra on May 6 as a sort of rehearsal for the recording.”
    ・・・と記述しています。これを信用すれば、別スタッフによるステレオ別録音も物理的にはありえない事もないのかもしれません・・・・が、明確な証拠でも出てこない限り今のところ”伝説”の内に収めておくほうがよろしいのではないかと思います。

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