「TAS Super LP List」をパブリックドメインで検証する(21)~ピアノ協奏曲第19番&27番 クララ・ハスキル/フリッチャイ 1955年&1957年録音(2)

この音源の正体ははっきりしないのですが、取りあえずはフリッチャイのボックス盤に収録されている音源をもとに話を続けます。
もっとも、こういう書き方をしなければいけないという時点で、このリストアップは困った話と言うことになるのですが・・・(^^;

  1. ピアノ協奏曲第19番 ヘ長調 K.459:(P)クララ・ハスキル フリッチャイ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1955年9月21日~22日録音
  2. ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595:(P)クララ・ハスキル フェレンツ・フリッチャイ指揮 バイエルン国立管弦楽団 1957年9月7日録音

「TAS Super LP List」にはモノラル録音である旨は記されていませんが、おそらくは両方ともにモノラル録音でしょう。フリッチャイのボックス盤の方にはモノラルで録音したと言うことが明確にクレジットもされています。
ただし、しつこく繰り返しますが、優秀録音のリストである「TAS Super LP List」にモノラル録音がリストアップされているのが「困った」と言っているのではありません。
それどころか、「TAS Super LP List」の創始者である「ハリー・ピアソン」が音場感の提唱者であったが故にモノラル録音に冷淡であったのに対して、彼の死後に「TAS Super LP List」を引き継いだ「TAS Staff」がモノラル録音に光を当てたのは大きな功績だったと考えています。それは、このコーナーで紹介してきたヨハンナ・マルティやバリリ四重奏団の録音がはっきりと証明しています。
ところが、どうにもこうにも、このハスキルとフリッチャイによる2種類の録音に関しては困ってしまうのです。しかしながら、困るものの、私の中には「TAS Super LP List」への信頼感というものも強くあるわけであって、あれこれ弄ってみるという仕儀になるわけです。
そして、あれこれ弄っているうちにあることに思い当たったのです。

オーディオショーで気づいたザックリと鳴らすことの大切さ

Technics SL-1000R

今年のハイエンド・オーディオショーは昨今のアナログ復権の流れを受けて、昨年以上にアナログ関連の提案が多かったように思います。とりわけ、各メーカーは積極的にアナログプレーヤーの新機種を投入していて、なんだか時計の針が30年以上も巻戻ったような錯覚に陥りました。
おそらく、再生系にアナログプレーヤーを用意していないブースはなかったのではないかと思います。国内メーカーでもテクニクスが「SL-1000R」「SL-10R」を投入すれば、老舗のラックスは定価30万円を切る戦略的価格で「PD-151」を投入していました。海外メーカーに関しては今さら言うまでもないところです。
しかしながら、率直に言って、そのほとんどは私にとっては「好きな音」ではありませんでした。何故ならば、各メーカーが徹底的にこだわり抜いてより高い精度を実現していけば行くほどに、その音は入力系を磨き上げたデジタルの音と雰囲気が似通ってくるからです。それは、この1,2年強く感じていたことなのですが、その傾向がより強くなってきているように感じたのでした。
もちろん、そこには聞く人の好みがありますから、アナログでその様な高精度で歪みの少ない音を求める人がいても怪しむものではありません。しかし、私がアナログの再生系でほしいと思うのはそう言う音ではありません。
さらに言えば、アナログでそういう方向の音を目指すのはあまりにもコストパフォーマンスが悪すぎるというのは、私のスタンスでした。つまりは、そう言う音がほしいのならデジタルでやればいいと言うわけです。

Yamaha GT-85000

とまあ、そんな事を思いながらあちこちのブースを回っていたのですが、あるところで全く雰囲気の違う音を聞かせてくれているアナログプレーヤーに行き当たったのです。それがヤマハのブースで鳴っていた「GT-5000」でした。
おそらく、テクニクスの「SL-1000R」や「SL-10R」が実現している高精度な音を良しとする人たちからすれば、そして、それは多数派だろうとは思うのですが、この「GT-5000」が聞かせる音の世界は「失格」と判断されるでしょう。それくらいに、大雑把で荒っぽい鳴り方をしていました。
しかし、私はその大雑把な鳴り方が、そしてその大雑把さ故に実現している分厚くてどっしりとした鳴り方は実に魅力的に感じられたのです。
そこで思い当たったのはアナログにおける「音の良さ」って何だろうという根本的な疑問です。

テクニクスの「SL-1000R」のページに掲げられているのは「ダイレクトドライブ方式が切り拓く新たな音の領域へ」です。そして、その新たな音の領域を切り開く「ダイレクトドライブ」に関してなんといっているのかと言えば「史上最高の回転精度」とか「これまでの限界を打ち破る高精度」という言葉が連ねられているのです。そして、それ以外の項目でも頻出する用語は「精度」なのです。
そこからは、テクニクスがこのアナログプレーヤーの開発において何を求めたのかがよく分かります。

それに対してヤマハの「GT-500」は「音楽性表現のさらなる高みを目指して」となっていて、「精度」という言葉は「シンクロナスモーターは古典的な技術ですが、回転の基準となる交流電源にクォーツで生成された正確な正弦波を用いることで、現代のハイエンド機にふさわしい精度も確保」していますという文脈で1回出てくるだけです。この文脈では「古い技術ですがそこそこの精度は確保してますよ」という言い訳みたいなもので、それを「誇っている」とは読めません。
それに対して「音の素直さと心地良さ」とか「抜けの良い開放的なサウンド」などという言葉が目立ちます。
もっとも、ヤマハのプレーヤーがその謳い文句のように「音楽性表現のさらなる高み」を実現できているのかは人によって評価は分かれるでしょう。人によって音楽再生に求めるものは異なりますから、私の価値観を押しつけるつもりは全くありません。しかし、そう言う言葉の選択を比較するだけでも、製品開発における哲学がテクニクスとヤマハでは全く異なることだけは間違いないようです。

モノラルにはモノラルに相応しい再生の仕方があるのかな・・・?

はてさて、話はすっかりハスキルの録音から遠ざかったように見えるのですが、実はこの経験が一つの閃きをもたらしたのです。それは、モノラル録音の時代にレコードを作った人たちは果たしてそこまでの高い精度と歪みのなさを想定していたのだろうかという疑問です。
私のメインシステムでも、そう言う古い録音を再生すると、音楽的に美味しい部分よりは欠点の方を一つずつ暴き立てるような鳴り方をする事があります。そして、その事は昨今のアナログプレーヤーにおいても事情は同じではないかと思うのです。
しかし、考えてみれば昔のアナログの再生系などと言うものは随分とザックリとした鳴り方をしていたものです。
そこで、ふと閃いて、メインシステムに繋いであるもう一つの入力系の方で再生したのです。この「もう一つの入力系」というのは「ナローレンジの美」と言うことで一度紹介したことがあります。システムの構成は細かい部分では変更していますが、核となるDACはPARASOUNDの「D/AC-800」という超ロートルな機種であることは変わっていません。
そして、そのDACを核とした入力系の音に関して以下のように書いていたのですが、その感想は今も変わりません。

PARASOUND「D/AC-800」

はっきり言って、このラインには現代オーディオに求められる要素は何一つありません。透明度も解像度も高くありません。レンジも広くありません。情報量も多くないのでザックリとした感じの音がします。ところが、そこから聞こえてくる音には何ともいえない野太さみたいなものがあって、ソナスのエレクタアマトールとの相性が実にいいのです。神経質なところが全くなくて、のんびりとくつろいだ感じで音楽を楽しむことができます。

おそらくは、聞く人が聞けばそれはノイズだろうと言われると思うのですが、メインシステムではいささかギスギスした感じが表に出ていたものが上手い具合に肉付きがよくなって、のんびりとくつろいだ感じで音楽を楽しむことができます。ハスキルのピアノが入ってくるまでのオケの響きもひたすらショボかっただけのものが、それなりのふくよかさを身に纏うようになるのです。
そして、その延長線上で気づいたのは、SP盤を音源とするさらに古い録音に対しては絶妙と言えるほどの相性を示すのです。例えば、クライスラーとラフマニノフのコンビで20年代に録音したベートーベンやシューベルトのヴァイオリンソナタなんかは実に見事に再生してくれるのです。
考えてみれば、SP盤なんてものは「Decca」が「ffrr」という技術を開発したことでやっとこさ12Khzまで再生できるようになったのです。そんな音源を精度だけを追求したシステムで再生すれば粗探しだけをしているような鳴り方をするのは当然かもしれません。
つまりは、モノラル録音なんかも同様で、モノラルにはモノラルに相応しい再生の仕方があるのかもしれません。

そう言えば、「ナローレンジの美」の中で、我ながらいいことを書いていました。
オーディオのシステムというのは音楽という神霊を呼び出すための「想像の依り代(憑代)」なのかもしれません。
そう思えば、再生系の精度だけを高めれば神霊にたどり着けると考えるのは横着に過ぎるのかもしれません。もっとも、だからといって、モノラル録音やSP盤のような古い録音はザックリとしたシステムで再生すべきだと主張してるわけではありません。そうではなくて、ひたすら精度を追求し歪みの少なさを求めることだけが唯一の解ではないと言うことを言いたいだけです。
そう考えれば、この問題がありすぎるように思われるハスキルとフリッチャイの録音は、モノラル録音をいかに再生するんですかという「TAS Super LP List」のスタッフからの挑戦状と受け取ることも可能かもしれません。

とは言え、それでもなおこれが「SPECIAL MERIT(優秀録音)」であることに対するクエスチョンマークが消えることはありませんが・・・。


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