「TAS Super LP List」をパブリックドメインで検証する(26)~ベートーベン:ヴァイオリンソナタ 第9番 「クロイツェル」 (Vn)ジノ・フランチェスカッティ (P)ロベール・カサドシュ 1958年5月12日~14日録音

フランチェスカッティとカサドシュにコンビによるベートーベンのヴァイオリン・ソナタが「TAS Super LP List」にノミネートされていたのはいささか驚きでした。何故ならば、かつてあの録音を聞いたときに、それほどの優秀録音だという思いはなかったからです。
もちろん、悪い録音ではありませんでしたが、それでも「TAS Super LP List」の「SPECIAL MERIT」にノミネートされるだけの優秀さは感じられなかったのです。
しかし、今回あれこれ聞き込んでみて、なるほどと気づかされることが幾つかありました。

まず、「TAS Super LP List」がリストアップしているレコードは「Beethoven: Violin Sonata No. 9 “Kreutzer”/Francescatti, Casadesus. Columbia/Speakers Corner EUROS6125」です。
これは最近になって「Speakers Corner」から復刻された180gの重量盤です。
アナログレコードの世界では「初期盤信仰」が根強いのですが、「TAS Super LP List」はそう言うスタンスは取っていません。状態の良い復刻盤がリリースされて入手が容易になれば、躊躇わずに復刻盤の方をリストアップしていますから、それには何の問題もありません。

ベートーベン:ヴァイオリンソナタ 第9番 「クロイツェル」 (Vn)ジノ・フランチェスカッティ (P)ロベール・カサドシュ 1958年5月12日~14日録音


私が「おや?」と思ったのは、フランチェスカッティとカサドシュのコンビによる全集盤の中から9番「クロイツェル」だけをリストアップしている事です。
そして、その「おや?」には2種類の「おや?」がありました。

  1. 全集盤の中から何故に9番「クロイツェル」が収録されている復刻盤を「SPECIAL MERIT」としてリストアップしたのか
  2. 同じレコードにカップリングされている「第1番」を何故にリストから外したのか

このうち、すぐに疑問が解けたの一つめの「全集盤の中から、何故に9番「クロイツェル」が収録されている復刻盤だけをリストアップしたのか」です。
それは、この全集の録音が2つの時期にまたがっていることが最大の原因でした。

  1. 第1番・第9番「クロイツェル」・第10番:1958年5月12日~14日録音
  2. 第2番~第8番:1961年10月2日~7日録音

この58年の録音と61年の録音では、その録音スタイルが全く異なるのです。
そして、この全集盤を聞いてそれほどの「優秀録音」だと思わなかったのは、61年に録音された方が明らかに足を引っ張っていたのです。

Zino Francescatti

おそらく、61年の録音ではピアノとヴァイオリンにそれぞれマイクをあてがって録音を行い、後からミックスダウンする段階でバランス調整などを行って仕上げたのではないかと思われます。
それくらいはっきりと左側でピアノが鳴り、右側でヴァイオリンが鳴っています。

それに対して、58年の録音では、ピアノとヴァイオリンが一つの空間の中で美しく解け合うように鳴り響いています。
そして、二つの楽器の響きが空間に満ちていくように広がることで、その鳴り響いている空間の広さが聞き手にも感じ取れるほどです。

確証はないのですが、58年録音はおそらくはワンポイント的に録音されたのに対して、61年録音の方はかなり安易なマルチ・マイク録音的な手法がとられたのではないかと推測されます。
61年の録音は、確かにそれだけを聞いていれば決して悪い録音だとは思わないのですが、59年録音の「クロイツェル」を聞いてしまうと、それはまさに風呂屋の看板のように奥行きの欠けた平面的な絵柄であることに気づかされるのです。そして、その様な絵柄は、ピアノとヴァイオリンという二つの楽器による「二重奏」という方向を目指したベートーベンのヴァイオリン・ソナタにとっては全く持って相応しくないものなのです。

Robert Casadesus

ですから、「TAS Super LP List」が61年に録音された第2番から第8番までを無視したのは実に当然なことだったのです。「音場」という概念を初めて提唱した「ハリー・ピアソン」であれば、それは当然すぎるほどに当然の選択だったわけです。
しかし、それだけだと、二つめの疑問が解けません。
何故に、同じ58年に録音された第1番と第10番をリストから外したのでしょうか、とりわけ同じ復刻盤のレコードにカップリングされている第1番を外したのか、その理由が説明できません。

この復刻の盤の魅力は基本的に二つかと思われます。

一つめはすでに述べたように、二つの楽器の響きが空間に満ちていくように広がることで、その鳴り響いている空間の広さが聞き手にも感じ取れるほどの優れた音場表現を持っていることです。
そして、もう一つは、その二つの楽器が独奏曲であるかのように完璧に鳴りきっていること、素晴らしい音像表現を獲得していることです。とりわけ、控えめな印象が持たれる事が多いカサドシュのピアノが実に逞しく鳴りきっているのが印象的で、それが美音系のフランチェスカッティのヴァイオリンとがっぷり組み合うことで、実にスリリングな世界が展開されているのです。

そして、その魅力を確認してみれば、なるほど第1番にはそう言うスリリングな場面というのは存在していないが故に、ここで実現している録音クオリティの高さを味わうにはいささか役不足であることに気づくのです。そして、それは先祖帰りとしか言いようのない第10番のソナタにおいても同様なのです。

考えてみれば、「クロイツェル」というソナタは実に剣呑な音楽です。
「剣呑」である故に、ピアノとヴァイオリンは常にバランスを失う危険ラインの上をわたっていかなければいけないのですが、その「剣呑」さを恐れて予定調和的に事を収めれば、それはもう「クロイツェル」ではなくなってしまうのです。ピアノとヴァイオリンが極限まで自己主張しながら、そのせめぎ合いの中で危ういまでのバランス感覚を保って音楽を構築していく様をこの録音は見事に聞き手に伝えてくれるのです。

しかしながら、第1番も第10番も、そう言う「剣呑」さとは大きく隔たったところにある音楽ですから、そこでは録音の優秀さを云々出来るような場面に乏しいのです。つまりは、録音のクオリティというのはそれ単独で成立するのではなくて、それが表現すべき音楽がより高いクオリティを求めるだけの内実があってこそ真価が発揮できるのです。
「TAS Super LP List」には首をひねるようなチョイスもあるのですが、このように「なるほど!」と教えられるようなチョイスもあるのです。


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