アップサンプリングの論点整理(3) ?アップサンプリング≠高域補完

まず最初に確認しておくべき事は「アップサンプリング≠高域補完」と言うこと。
私自身もこの事を誤解していましたし、今もなお多くの方が誤解しているようで、この二つが同義のこととして語られているブログの記事によく出くわします。
曰く、「DDコンバーターを導入してアップサンプリングするようになってからは、スーパーツィーターは必須と感じるようになりました。」などなど・・・。

CDという規格が発表されたときに、真っ先に批判の対象となったのは、人間の可聴帯域である20000kHz以上の再生をカットしたことです。技術者の多くはコウモリではあるまいし、聞こえない帯域をカットして何が問題だと開き直りましたが、その結果として再生される音がアナログと較べると明らかに固くて冷たかったために、ユーザーサイドの疑念が消えることはありませんでした。
そのため、CDが離陸すると、20000kHz以上の帯域にノイズを混ぜると音が柔らかくなる・・・などと主張した機器が発売されて、それが結構多くのユーザーに支持されました。

その後、楽器の倍音に含まれる20000kHz以上の帯域が再生音全体に大きな影響を及ぼすことが知られるようになりました。その結果、16bit、44.1kHzというCDの規格の不十分さが広く認識されるようになり、SACDやDVDオーディオ等という新しい規格が発表されるようになりました。
これらの新しい規格は、楽器の倍音成分に含まれる20000kHz以上の帯域も録音されていて、これでデジタルはアナログと肩を並べた、もしくは超えた、と言われるようになりました。(ホンマかいな?)

さらに、これに歩調を合わせるように、DDコンバーターなる機器も登場するようになり、この機器を使ってアップサンプリングすれば16bit、44.1kHzのCDもSACDと同じようなレベルに引き上げられる、みたいな宣伝がされました。おそらく、「アップサンプリング=高域補完」という誤解はこのあたりから始まったのではないかと思います。
こんな書き方をすると、DDコンバーターを提案した技術者はそんなことを言ったおぼえはないと反発されるでしょう。
しかし、売り場レベルでは、「アップサンプリングすることによって失われた20000kHz以上の帯域がよみがえりますよ」、みたいなことが宣伝トークとして大手を振ってまかり通っていたことは間違いなく事実です。そして、この誤解がPCオーディオの時代に入っても引き継がれ、アップサンプリングとはCDという規格によって失われることになった20000kHz以上の高域を補正するために行われるものだという理解(誤解)が一般化するようになってしまいました。(私も含めて・・・です)

長々しい前置きはこれくらいにしましょう。
事実を持って示しましょう。

SSRCを使って、16bit、44.1kHzのデータを24bit、96kHzにアップサンプリングしてみましょう。
使ったのはルミニッツァ・ペトレによるバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータからパルティータ第2番の「Allemande」です。この上もなく美しいペトレのヴァイオリンの響きをうまくとらえている優秀録音です。

そして、これがアップサンプリングされたファイルの周波数成分(スペクトラム)を「WaveSpectra」を使って表示したものです。

up_sampling_1

はい、ものの見事に44.1kHzの半分22kHzのところでスッパリと切り落とされています。
つまり、アップサンプリングというのは本来存在する20000KHzまでの情報を操作するだけであって、決して失われた20000KHZ以上の情報を付加するものではないのです。

ですから、20000KHz以上の情報を付加しようとすれば、「アップサンプリング」だけでなく、「高域補完」という操作が必要になるのです。つまり、この二つは全く別の操作、アルゴリズムなのです。

たとえば、「upconvfe」というアップサンプリングツールがありますが、そこにはこう書かれています。

「このソフトは Wave ファイルのサンプリングレートやビット数の変換を行うソフトです。音声ファイルのアップサンプリングとダウンサンプリングに対応しています。失われた高域の補間もできます。

これは実に簡にして潔、かつ正確な書き方です。できることとして、アップサンプリングと高域の補完を分けて書いています。
では、upconvfeでアップサンプリング+高域の補完を行うとどうなるのか?
高域を補完したいときは真ん中あたりの「hfa」というところで、「Overtone」を選択すれば、アップサンプリングと高域補完を同時にやってくれるみたいです。

up_sampling_5

その結果が以下の周波数成分(スペクトラム)です。
うーん、何だかいい感じで高域が補完されているような気がします。
up_sampling_3

実は、フリーのソフトでこのような高域補完の機能を持ったものはとても珍しいです。
市販の有料ソフトにはこういうアップサンプリングと高域補完を同時にやってくれるものがいくつかあります。
たとえば、「Wave Lab」(Lite版ですが)を使って96KHzにアップサンプリングすると、同時に高域の補完もしてくれます。
うーん、なんだか22KHzから30KHzあたりまでダラ下がりで補完されてますね。

up_sampling_2

この間ダウンロードした「Samplitude 10 SE」でもアップサンプリングと高域補完を同時にやってくれます。
あれれ、22KHzのあたりで一度ストンと落ちているじゃないですか・・・。

up_sampling_4

この両者は、基本が5万円?10万円程度の市販ソフトですから、変換速度は段違いです。フリーソフトでは最速と言われる「SSRC」よりも10倍以上は早いです。
しかし、高域補完に関しては、今ひとつかな?と感じざるを得ませんが、それが音質に直結するのかは即断できません。即断できませんが、スペクトラムだけで判断すれば、「upconvfe」はかなりいけている感じがします。(ただし、変換速度は「Wave Lab」と較べると100倍以上はかかりますね)

と、言うことで、つまりは「アップサンプリング≠高域補完」ということです。
ここを誤解したままではアップサンプリングの是非を論じることはできません。「アップサンプリングすることに本質的なメリットがあるのか?」という根本的な問題について議論するときは、アップサンプリングすることの「是非」と高域を補完することの「是非」は明確に分けて論じなければいけないと言うことです。

さあ、これでやっとことの本質に踏み込めそうです。