クロックとジッターについて考える(2)~補足

昨日の記事をざっと読み直してみて、長くなるのを気にしてあまりにもザックリと端折りすぎたようです。クロック機器を選んでいく上でのチェックポイントについても触れておくべきだったと反省しています。
そこで、端折ってしまった部分をもう少し補足しておきます。

クロックジェネレーターの種類

今まではクロックとかクロック機器なんて言い方をしていたのですが、正確には「クロックジェネレーター(Clock Generator)」と言うそうです。
つまりは、「Clock(時間)」を「Generator(生成する)」させるものという意味です。そして、「Clock(時間)」を「Generator(生成する)」させるのが「発信器」と呼ばれる部分です。

クロックの精度は、まずは第一義的にこの「発信器」の種類によって決まります。さらに、第二義的にこの発信器から目的のクロックを発生させるための回路の種類と、その機器がおかれている温度環境の変化によって決定されます。
ですから、クロックジェネレーターを選ぶときにはまずは発信器の種類をチェックしておく必要があります。

発信器の種類は一般的には水晶を用いたものと、ルビジウムやセシウムを用いたものとに分かれます。
精度に関して言えば「セシウム>ルビジウム>水晶」という関係になります。

最高の精度を誇るセシウムクロックは国際的な「一秒」の単位を決める標準となっていて、その精度は1億年に1秒(10の-15乗)程度の誤差とされています。ただし、商業的に売りに出されているものはもう少し精度が落ちて、500万年に1秒程度の誤差はあるようですが、それでも一台約1億円というお値段です。
これがルビジウムになると精度が10の-11乗くらいに落ちるので、お値段の方もぐっとお安くなって(^^;数十万円程度で入手が可能です。

これらは、それぞれの原子が持っている固有の周波数を元にクロックを生成するので「原子周波数標準器」とも呼ばれます。

さて、いかにオーディオ極道といえども一台1億円のセシウムクロックを使っているという話は聞いたことがありませんから、極道御用達の「クロックジェネレーター」と言えば「ルビジウムクロック」と言うことになります。
しかしながら、「原子周波数標準器」の仲間内ではルビジウムクロックはかなりの貧乏仕様です。かつて、日産の「フェアレディZ」のことを口さがない連中が「プアマン・ポルシェ」と呼んだような立ち位置にあります。
たとえてみれば「セシウムクロック」が「F1のレーシングカー」だとすれば「ルビジウムクロック」は日産の「プアマン・ポルシェ」あたりの位置関係なのです。そして、その喩えをさらに延長させれば、普通のオーディオマニアが何とか入手可能な「水晶発信器」は「国産大衆車」と言えるのかもしれません。

しかし普通の町中を走るだけならば、「F1のレーシングカー」はかえって不便です。もしかしたら、「プアマン・ポルシェ」でももてあますかもしれません。(そう言えば、京都の亀山で小学生の登校の列の突っ込んだのはプアマン・ポルシェでした。)
レーシングカーはレース仕様のサーキットでこそ真価を発揮しますし、ポルシェのような車は速度無制限のアウトバーンを走行してこそ本領が発揮されます。込み入った狭い町中を走るには普通の「国産大衆車」の方が適しているのです。

それと同じ事が、オーディオにおけるクロックジェネレーターにも言えます。つまりは、ホームオーディオの世界はレース仕様のサーキットなのか速度無制限のアウトバーンなのか、はたまた込み入った狭い町中なのか、と言うことです。
私個人としては、デジタル以降のアナログ段の精度を考えれば、ホームオーディオの世界は良くて80キロの速度制限がある日本の高速道路のレベルではないかと考えています。そして、オーディオ極道でなければ良くて一級国道のレベルではないでしょうか。

もちろん、このあたりはいろいろ議論があって然るべき事だと思います。論証抜きで申し訳ないのですが、個人的には発信器の精度は高ければ高いほどいい、と言うような単純な話にはならないような気がしています。
そうなると、我々貧乏人の強い味方は「水晶」ということになります。

水晶を用いた発信器の種類

しかしながら、「国産大衆車」といってもピンからキリまであるように、水晶を用いた発信器にもピンからキリまでが存在します。

水晶を発振用の素子として使うときに問題となるのがカットしたときの厚さと温度変化です。
発振素子として使う水晶は天然水晶(クリスタル)を精製して製造される人工水晶が使われるのですが、そこからカットしてくる手法によって特製が変化します。一般的には「ATカット」というカットが用いられる(高級品はSCカットへ移行しつつある)のですが、その時の厚さと共振周波数の間には以下の関係があるそうです。

f〔kHz〕=1670/t〔mm〕

なんだかよく分からないのですが、薄くなればなるほど周波数が高くなる(精度が上がる)ことは分かります。
さらに、これが一番問題となるのですが、その周波数は温度変化によってかなり変動します。ですから、この温度変化に対してどのような対策が施されているかによって「松竹梅」が決まってくるのです。細かく見ていくとさらに細分することも可能なのですが、一般的には以下の3パターンに分けることができます。

  1. XO(Xtal Oscillator=水晶発振器)
  2. TCXO(Temperature-Compensated Xtal Oscillator=温度補償型水晶発振器)
  3. OCXO(Oven-Controlled Xtal oscillator=恒温槽付水晶発振器)

XO(水晶発振器)

XO

TCXO(温度補償型水晶発振器)

TCXO

OCXO(恒温槽付水晶発振器)

OCXO

発振素子としての水晶は温度変化による変動が大きくて、昼と夜でも変化するくらいに温度変化に敏感です。そう考えると、部品自体が発熱する電子回路に組み込まれるのですから、温度変化に対する何らかの対策が施されていないと「クロックジェネレーター」に使用する事ができないことはお分かりいただけると思います。

ですから、(1)の「XO」は温度変化に対する対策が一切施されていませんので、「クロックジェネレーター」に使用するには向いていません。
「クロックジェネレーター」に使用するには(2)の「TCXO」か(3)の「OCXO」を使用する必要があります。
「TCXO」は回路的に温度変化に対応するような仕組みが実装されています。
それに対して「OCXO」は恒温槽と呼ばれるもので水晶の周りを覆うことで対策を施しています。

「OCXO」の考え方は、どうせ温度が変化するなら、人工的に加熱して(オーブン)、さらにはその熱が外に逃げないようにすれば(恒温槽)、周囲の部品の発熱に関係なく高温レベルで一定にできるじゃないかと言う発想です。
ですから、この「恒温槽付き」の「クロックジェネレーター」を使用するときには、まずはオーブンでガンガン加熱して恒温槽を規定温度まで上げる必要があります。ですから、電源を投入した時点では真価を発揮することができず、少なくとも3~4日、できれば1週間程度電源を投入しておく必要があります。もちろん、一度電源を落とせばまた最初からやり直しになりますので、基本的には電源は常時オンです。
ただし、オーブンで加熱するときには消費電力は高くなりますが、規定温度に達してしまえば消費電力は下がります。

とは言え、オーブンを加熱するためには電源回路も強力なものが必要になりますし、さらにはその発熱を適切に放熱するためのヒートシンクも大きくなるので、「TCXO」とくらべれば大型化しますし当然のことながら価格も高くなります。
ただし、温度変化に対する特性は「TCXO」に対して約2000倍と言われますので、どちらを選ぶかはいろいろな条件を総合して勘案する必要があるんでしょう。

そのあたりを基準にしてデータを見てみると、昨日紹介した機種のスペックは以下の通りです。

  • Evo Clock:波形ノイズの少ない高精度なTCXOを採用(値段相応ですね。)
  • MUTEC「MC-3+」:XO、デジタル補正型水晶発振器(さすがに、ショボイかな?)
  • Antelope 「Isochrone OCX」:温度制御されたオーブン環境(「OCXO」もどきです。しかし「OCXO」ではありません。)
  • TASCAM 「CG-1000」:環境温度に左右されない高精度OCXOを採用(やはり、これを一番の売りにしていますね)

ほぼ価格が同じのTASCAM 「CG-1000」とMUTEC「MC-3+」の違いには唖然としました。
TASCAMは「OCXO」、MUTECは「XO」ですから、何かの間違いかと思いました。

正直言って、コストのかかる「OCXO」を15万円程度で実現しているTASCAMはかなり偉いと思いました。それから、正直に「XO」と書いているMUTECも別の意味で偉いと思います。もちろん、間違っても買いたいとは思いませんが・・・。

それから、一番けしからんと思ったのはAntelope 「Isochrone OCX」です。名前に「OCX」とつけていますし、売り言葉にも「温度制御されたオーブン環境はオシレーターの比類ない安定性を実現しています。」と書いているのですが、どこを探しても「OCXOを採用」とは書いていないのです。おそらくは、「OCXO」もどきの「TCXO」だと思うのですが、こういう風に誤解を積極的に生むような宣伝文句はどう考えても良心的とは思えません。

それから、私が使用している「Evo Clock」ははっきりと「TCXOを採用」と書いています。価格を考えれば妥当な仕様だと思います。

ただし、「クロックジェネレーター」としての性能はこの発信器のクオリティだけでは決まりません。それに加えて、その高い精度の周波数からオーディオで必要とされる44.1khzや96kHzという周波数を生み出すための回路の性能も無視できません。
とは言え、発信器自体の精度が高くなければ話にはなりませんから、このあたりは重要なチェックポイントにはなるはずです。

ちなみに、エソテリックの「G-02」は「心臓部に超高精度なOCXOを搭載」をいの一番に謳っています。やはり、ここが最も重要なポイントであることは間違いないようです。
ついでながら、二番目の売りが「新設計ディスクリート構成クロック出力ドライバー回路」、3番目が「余裕の電源供給力を誇る電源部」です。
参考になります。


2 comments for “クロックとジッターについて考える(2)~補足

  1. ちょう
    2014年10月26日 at 7:10 PM

    Blue Sky Labelと合わせこちらのサイトを訪れるようになって初めての投稿です。難しい事柄も大変判り易く感謝の気持ちで一杯です。以前からクロックとジッターについて知りたかったことがぼんくら頭の私でも何とか判りかけてきました。ところでzionoteから8月より販売されているJAVSの「X-DDC-Reserve←レゼルブと読むそうです」というモデルがあり、これを購入予定です。税込32,800円とのことですので、小遣いを遣り繰りすれば何とかなる金額です。中華DDCを使っていますが、駄耳ゆえそれほど不満がある訳ではありません。僅かな違いでしょうが、何気に良さそうなので・・・クロックはTCXOです。使ったことはありませんがX-DDC、X-DDC Plusから3代目に当たります。先代と同様にXMOSチップセット搭載ということですからLinuxでも認識されるでしょう。Voyage MPD万歳!

  2. toshi
    2014年11月3日 at 6:31 AM

    いつも音響やオーディオについての詳細な分析、敬服いたします。

    ただ、水晶の発振の中で水晶の共振のことが書かれてますが、このままでは
    誤解を生じます。水晶発振子の振動は通常の「曲げ振動」とは異なり
    「厚みすべり振動」というものです。水晶の水平方向(厚さ方向ではなく)の振動に
    よるものです。「曲げ振動」なら厚さが薄くなると共振周波数は下がります。
    でも「厚みすべり振動」は逆の傾向をもっています。本文で記述された
    通りの式になります。

    薄くなると周波数が上がる・・・これは「厚みすべり振動」に限定したものと
    考えた方が良いと思います。(読んで一瞬、エッ?と思ったもので^^;)

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