Christopher Parker(1)~ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 作品98

1955年から始まっていたEMIのステレオ録音の実験

前回はカラヤンの録音を具体例としてEMIを俎上にのせたのですが、「EMIはステレオ録音に乗り遅れた」という思いこみがあったために56年以降の録音データしかチェックしていませんでした。
ところが、既にその前年において実験的にステレオ録音をEMIは行っていたのです。
それに気がついたのは、カラヤンとEMIの関係について調べていて、自分で書いた昔の文章に出会ったからです。

「しかし、さらに調べてみると、この録音はモノラルと同時に実験的にステレオによる録音もされていたそうです。
これもまた想像の域を出ませんが、おそらくは乗り気でないEMIのスタッフをカラヤンが押し切ったのではないでしょうか。後年、この実験的になされたステレオ録音の方もリリースされたようですが、残念ながらあまり上手くいっていなかったようです。」

「この録音」というのは、55年の5月に録音したチャイコフスキーの録音のことです。

チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」 カラヤン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1955年5月17,21,23,24,27日 & 1956年6月18日録音

そこで、慌ててもう一度カラヤンとEMIとの録音データをチェックしてみると、55年5月に集中的にステレオ録音が実験されていたことが分かりました。もちろん、私がぼんやりしていただけの話で、知っている方にとっては常識に属する事項なのかもしれません。

ステレオで録音されたのは以下の4つです。
指揮は全てカラヤン、オケは言うまでもなく全てフィルハーモニア管、そして録音会場も全てロンドンのキングズウェイ・ホールです。
なお、(P)は録音プロデューサー、(E)録音エンジニアの略です。

  1. シューベルト:交響曲第8番 ロ短調 D.759「未完成」1955年5月18日~19日録音 [P:ウォルター・レッグ E:ダグラス・ラーター]
  2. チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」 1955年5月17、21、23、24、27日 & 56年6月18日録音 [P:ウォルター・レッグ E:ダグラス・ラーター]
  3. ブラームス:交響曲第2番 ニ長調 作品73 1955年5月24日~25日録音 [P:ウォルター・レッグ E:ダグラス・ラーター]
  4. ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 作品98 1955年5月26日録音 [P:ウォルター・ジェリネック E:クリストファー・パーカー]

つまり、この4つの録音は同じ指揮者、同じオーケストラ、同じ録音会場を使ってほぼ同じ時期に録音されています。当然の事ながら録音機材なども全く同じものを使っているはずですから、殆ど同一の条件下で録音されたものだと言えます。
ただ、恐ろしいことに、一つだけ違うところがあります。
それは、最初の3つの録音は[P:ウォルター・レッグ E:ダグラス・ラーター]という組み合わせで録音が行われたのに対して、最後のブラームスの4番だけは[P:ウォルター・ジェリネック E:クリストファー・パーカー]という組み合わせで録音されているのです。

そして、結論を先に行ってしまえば、「この実験的になされたステレオ録音の方もリリースされたようですが、残念ながらあまり上手くいっていなかったようです。」と述べていたように、あまり上手くいっていないのですが、驚くなかれ、たった1日しか録音日程を与えられていなかった[P:ウォルター・ジェリネック E:クリストファー・パーカー]のチームが録音したブラームスの4番だけは素晴らしい仕上がりなのです。

ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 作品98 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1955年5月26日録音 [Karajan The Conplete EMI Recording Volume1(CD21)]

おそらく、この録音をブラインドで聞かされて、これが半世紀以上も前のEMI録音だと言うことを言い当てられる人は殆どいないでしょう。

もちろん、広大な音場感に溢れた録音ではありませんが、実際のコンサート会場で鳴り響いてるような自然な音場感は十分に実現しています。
それに、古い録音によくありがちなザラッとした感触の響きとは全く無縁ですから、いわゆる「古さ」みたいなものは全く感じません。

録音クオリティの高さをあざとく主張するような音作りではありませんが、こういう自然な感触でオケの響きをつかみ取っているのは見事なものです。
さらに言えば、これを聞いて、カラヤン指揮による録音であることを言い当てられる人はさらに少ないのではないでしょうか。

カラヤンにとってブラームスの交響曲は持ちネタの一つで、とりわけ、第1番の交響曲には愛着があったようで何度も録音を繰り返しています。彼の運命を決定したベルリンフィルとのアメリカツアーでもこのブラームスの1番をプログラムのメインに据えていました。
ただし、そのテイストは年を追うにつれて少しずつ変化していったようで、ある人は「60年代=素直、70年代=ドーピング、80年代=重厚」と評していました。

「70年代=ドーピング」はあまりにもピッタリの表現なので思わず笑ってしまうのですが、それではこの50年代の演奏はどうかと聞かれると、これはもう「実に見事だった!」と答えざるを得ないのです。それは第1番だけでなく、それ以外の第2番やこの第4番においても正統派の見事な演奏を聴かせてくれているのです。
それはもう、聞き終わった後に、いい音楽を聴かせてもらったなと言う充実感をもらえる演奏であることは事実です。

そして、ここで振り返るべきは、この実験段階のステレオ録音において、これほどまでに見事なバランスを維持しながら最初から最後まで集中力を切らさずにオケを牽引していったカラヤンの凄さです。
おそらく、残された資料などによると、この実験段階におけるEMIのステレオ録音は完全なワンポイント録音だったと言われています。

何度も繰り返しているのですが、こういう録音スタイルでは、録音を終えてからの編集段階でバランスを調整すると言うことは絶対に不可能です。

不可能ですから、そのバランスを崩さないようにするためにはまずは指揮者の側にオケを強力にコントロールしきる能力が求められます。
そして、その響きを過不足なくすくい取るためにはすぐれた録音会場が必要です。
最後に、そうやって実現した極上のバランスによる響きを的確にすくい取る録音エンジニアの腕が必要です。

この4つの録音は録音会場としてキングズウェイ・ホールが使われています。
このホールはもともとは礼拝目的のホールだったのですが、空間の大きさと形状、そして漆喰の壁と木製の床などが偶然の産物として最高の響きを生み出すことになったのです。言うまでもないことですが、この「最高の響き」とは観客を入れた状態で「最高」になるのではなく、空の状態で録音用会場として使用したときに「最高」の状態になるホールだと言うことです。

キングスウェイホール:バルビローリとジャクリーヌ・デュ・プレによる歴史的録音もここで行われました・

ですから、このホールはEMIだけでなく、DECCAも録音会場としてよく使っていました。
DECCAの録音会場への配慮は他のレーベルと較べれば群を抜いていて、使ってもよい録音会場は長年にわたってアーサー・ハディが事前に調査を行って「OK」が出たところだけに限られていました。
ですから、キングズウェイ・ホールは録音会場としては間違いなく「花丸」なのです。

ですから、ここまで条件が揃っていて、片方([P:ウォルター・ジェリネック E:クリストファー・パーカー])は上手くいき、他方([P:ウォルター・レッグ E:ダグラス・ラーター])は上手くいかないというのは、どこに違いがあったのかは今さら指摘するまでもないことです。
ブラームスの4番は録音に適した音楽で、2番は難しい音楽だと言い張れば恥を上塗りするだけです。

おそらく、この結果に顔面真っ青になったでしょうね。
何しろ、レッグはEMIのボス的存在であり、ダグラス・ラーターは1920年代からEMIの録音を担ってきたベテランエンジニアです。
それに対して、クリストファー・パーカーがEMIに加わったのはこの録音のわずか4年前なのです。

そう思って、チャイコフスキーの悲愴の録音クレジットを眺めてみれば、冷や汗と脂汗を滲ませている御大二人の顔が目に浮かぶようです。

1955年5月17、21、23、24、27日 & 56年6月18日録音

17日からはじめて、21、23、24日と日を重ねているのは苦闘の後でしょう。しかし、パーカー君のいい仕事の後に1日追加しているのも痛々しいですし、年をまたいで翌年の6月18日にも録り直しているのはカラヤンからの要望だったのでしょうか。
面目丸つぶれだったことは明らかです。
おそらくは、軽い気持ちで若造に1日だけチャンスをくれてやったのでしょう。それが、まさかこんな事になるなどとは想像もしなかったはずです。

そして、組織というのはこうなったときに選択する道が二つあります。

一つは、非常にレアなのですが、そう言う若い力を素直に認めてチャンスを与える道です。
しかし、老舗であればあるほど、それとは逆の選択をします。

よく言われることですが、大企業と言われるところほど、管理職は自分より馬鹿な奴しか昇進の推薦をしません。理由は簡単で、自分より優秀な奴が昇進したら自分の立場が危うくなるからです。
だから、そう言う馬鹿な人事が二世代、三世代と続くと組織はどうしようもなく硬直します。

そして、EMIは企業としては中小企業でしょうが、レーベルとしては世界に冠たるEMIなので、やはり愚かな選択をしたようなのです。
これ以後のステレオ録音の試みからクリストファー・パーカーは除外されました。
これは憶測でも邪推でもなく、録音データを見れば一目瞭然です。

しかしながら、レッグとダグラス・ラーターは必死でステレオ録音に取り組んだようです。それは前回紹介したカラヤンとの録音データを眺めてみればよく分かります。

漏れ聞く話では、DECCAの録音があまりにも優秀なので、レッグはこっそりとDECCAが使っているマイクを取り寄せて録音したこともあるようです。
当然の事ながら、マイクを変えたくらいで録音のクオリティが上がるわけもありません。
それよりも、既にパーカー君が自分たちと同じ機材を使って素晴らしい録音を残していたという「事実」と向き合うべきだったのです。

そして、ようやくにして、レッグ&ダグラス・ラーター以外のコンビがカラヤンのステレオ録音を單するのは57年5月のブルックナーの8番なのですが、そこでもパーカー君は外されていました。結果は、やはり冴えないステレオ録音だったのですから、硬直した組織の醜態を上塗りしただけでした。

そう言う意味において、この55年5月のパーカー君によるブラームスの4番こそは、EMIの歴史に残る優秀録音として石にでも刻み込んでおくべき価値があるのです。


関連コンテンツ

2 comments

  • 先日、lightMPDのv1.0.4が出たので、久しぶりにAPU1Cで音出しをしています。
    偶々、ユングさんのサイトを覗いたら、カラヤンが1955年に録音したブラームスの4番のことが紹介されていたので、聞き比べをするのに丁度良いと思って、BBG+ArchBOTICとapu1+lightMPDで同時に再生してみました。
    やはり、音場感が出るのはBBG+ArchBOTICです。一方、apu1+lightMPDは、濃厚且つ甘美な音で聴かせます。
    今度のバージョンはカーネルとMPDが2種類あって、4通りの組み合わせができます。私はxenomaiカーネルとmpdsacdiso-0.21.xの組み合わせで聴いているのですが、ヴァイオリンの音がこんなに美しく聞こえたことは今までありませんでした。
    YUNGさんも、最新のMPDとカーネルの音を試されてみてはどうでしょう。

    • yung

      YUNGさんも、最新のMPDとカーネルの音を試されてみてはどうでしょう。

      最近は「lightMPD」からは遠ざかってしまっていて、かなりレアな構成(Tiny Core+MPD?メモリ再生)で聞いています。まあ、人には勧められないシステムです。

      それに最近は、怪しからん事に音楽を聞く時間の半分はアナログのレコードです。(^^;
      ぼちぼち「PCオーディオ実験室」という看板は付け替えないといけないかもしれませんね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です