ヨハンナ・マルツィによるモーツァルト(ヴァイオリン協奏曲第4番)の録音があまりにも素晴らしくて、それに関わる情報を探っている中で「TAS Super LP List」なるものに出会いました。
おそらく、ご存知の方からすれば、優秀録音について云々しながらそうしたりストの存在も知らなかったのかと驚かれ、呆れられるはずです。
しかしながら、「TAS Super LP List」なるものについての日本語情報は実に少なく、いわゆるオーディオ評論家と呼ばれる方でも、このリストについて言及している方は殆どいないのではないでしょうか。
おそらく、日本では長岡鉄男という存在が大きくて、こういう優秀録音のディスク選びは「外盤A級セレクション」が絶対的な重みを持っていたことも影響を及ぼしていたのかも知れません。さらに言えば、オーディオ評論家である以上は、その様な他人様の判断よりは自分の評価を前面に押し出してみたいのは当然かも知れません。
ただし、世界標準(あまり好きな言葉ではありませんが)からすれば、この「TAS Super LP List」は絶対的な権威を持っているようです。
と言うことで、この「TAS Super LP List」なるものについてご存知でない方も少なくはないと思われますので、簡単に説明しておきます。
ハリー・ピアソンが、自らの膨大なコレクションの中から選び取った「優秀録音盤」のリスト
この「TAS Super LP List」はアメリカのハイエンド・オーディオ雑誌「The Absolute Sound」に毎年発表されるアナログレコードの優秀録音盤のリストです。
それは、「The Absolute Sound」の創業者であり、優れたオーディオ評論家でもあった「ハリー・ピアソン(Harry Pearson)」が、自らの膨大なコレクションの中から選び取った「優秀録音盤」のリストなのです。
このリストは最優秀の「BEST OF THE BUNCH」と優秀の「SPECIAL MERIT」に分かれています。
そして、「BEST OF THE BUNCH」は「Classical」と「Popular」という二つのジャンルに分かれています。
「SPECIAL MERIT」の方はもう少しジャンル分けは細かくて「Classical」「Operas and Oratorios」「Collections」「Informal」「Singles」「Film and Broadway Score」となっています。
個人的に興味があるのは「BEST OF THE BUNCH」の「Classical」と「SPECIAL MERIT」の「Classical」「Operas and Oratorios」ということになります。
具体的に言えば、2017年版の「Classical」の「BEST OF THE BUNCH」には以下の15枚が選定されています。
- Arnold: English, Scottish, & Cornish Dances. Lyrita SRCS-109
- Brahms/Debussy/Bartok: Sonatas/Abel, Steinberg. Wilson Audiophile/Analogue Productions 8722
- Brahms: Symphonien 1-4/Rattle, Berlin Phil. Berlin Philharmonic Recordings BPHR 160041
- Gerhard: The Plague. Decca Head 6
- Gershwin: Porgy & Bess complete/Maazel. Decca SET 609-11
- Herold-Lanchbery: La Fille Mal Gardee. Decca/ORG 0109-45 (45rpm)
- Hi-Fi a la Espanola. Mercury/Classic SR-90144
- Holst: The Planets/Mehta, LA. Decca/ORG 122-45 (45rpm)
- Mahler: Ninth Symphony/Barbirolli, Berlin Phil. ERC/EMI ASD 596/597
- Prokofiev: Scythian Suite. Mercury/ORG 118-45 (45rpm)
- Rachmaninoff: Piano Concerto No. 3. Mercury/Speakers Corner SR-90283
- Ravel: La Valse/Paray. Mercury/Classic SR-90313
- Respighi: Feste Romane/Maazel. Decca SXL-6822
- Stravinsky: The Firebird/Dorati. Mercury/Classic SR-90226
- Widor: Symphony No. 6, Allegro. Mercury SR-90169
ご覧いただければ分かるように、全てLP盤の番号が明記されています。
例えばバルビローリ指揮によるマーラーの9番がノミネートされているのですが、それはどのアナログ・レコードでもいいというわけではなく「ERC/EMI ASD 596/597」というレコードでなければ「優秀録音盤」ではないということです。
私の手もとにもバルビローリ指揮によるマーラーの9番のレコードはあるのですが、それは国内盤の「EAC 50057 – 58」という番号が割り振られたものなので、このリストにおさめられた「優秀録音盤」ではないと言うことになります。
そして、そう言うマニアックなこだわりは「SPECIAL MERIT」として選ばれた膨大なレコードにおいても貫かれています。
まあ、一見は百聞にしかずですから、以下のページでそのリストの全容をご覧ください。
なお、このリストの生みの親であるハリー・ピアソン氏は2014年にこの世を去りましたので、それ以後は「TAS Staff」と呼ばれるメンバーが毎年リストの更新を行っているようです。
2016年版は6月9日、2017年版は7月28日に発表されていますので、今年も同じような時期に2018年版が発表されるものと思われます。
この2016年版と2017年版を較べてみるとかなりの入れ替わりがありますので、2018年版の発表には興味がひかれます。
聞くところによると、ハリー・ピアソン氏は超低域までフラットに延びる巨大システムで、さらにはかなりの大音量で再生する人だったので、彼が選ぶアナログレコードにはローエンド方向の伸びに優れたものが選ばれる傾向があったようです。
ですから、我々のような狭小な日本家屋で、さらに言えば50Hz程度までしか延びていないシステムで、尚かつ常識的な範囲の音量で聞いていたのではその「良さ」が分からないレコードも多かったようです。
そう言う意味では、ピアソン氏が亡くなってそう言うこだわりから離れつつあるように見えます。
ちなみに、このリストの末尾には記号がついていて、その中の一つに「xceptionally natural and musical sound」をあらわし記号もあります。
「xceptionally natural and musical sound」とは「非常に自然で音楽的なサウンド」とでも訳せばいいのでしょうか。
少なくとも、この印がついているレコードは「低音フェチ」でないことは間違いないようです。
「TAS Super LP List」をパブリック・ドメインでたどってみる
このリストはアナログ・レコードを前提としていますし、さらにはそのアナログ・レコードに関しても特定のレコードを指定しています。
ですから、同じ音源だからと言って復刻盤のCD音源を持ってきてその録音のクオリティを云々するのは基本的には誤りだろうとは思います。
しかしながら、「TAS Super LP List」は星の数ほど存在するアナログ・レコードの中から選び抜かれた音源です。
そうであるならば、フォーマットに違いはあっても、それは「優秀録音」の姿を追う上では大きな道しるべとなるはずです。
さらに言えば、「TAS Super LP List」を眺めていて気付くのは、そのかなりの部分が既にパブリック・ドメインになっていると言うことです。
例えば、例としてあげたバルビローリのマーラーもそう言うパブリック・ドメインのお仲間入りをしています。
パブリック・ドメインであるならば自由に配布が可能ですから、文字情報だけであれこれ想像するよりははるかに健全で明瞭な論議が可能になるはずです。
マーラー:交響曲第9番 サー・ジョン・バルビローリ指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 1964年1月10,11,14&18日録音
正直言って、この録音が「BEST OF THE BUNCH」に選ばれるほどの「超優秀録音」だと言うことには驚かされました。
おそらく、日本国内でこの録音を「超」がつくほどの優秀録音だと主張している人はみたことがありません。いや、「優秀録音」として取り上げている人もほぼ皆無なのではないでしょうか。
と言うことで、久しぶりにこの録音を聞いてみました。
そして、聞いてみて、あらためて素晴らしい演奏だなと思いました。
おそらく、この録音はそう言う「演奏」という面に対して、もう少し具体的に言えば、バーンスタインのように情念をむき出すわけではなく、セルやギーレンのように響きの純度を追求しているわけでもないのに、まさに職人の練達の技によって、この世紀末の巨大な交響曲を不思議なまでの安心感の漂う形で再現してみせたことに対して称賛を浴びてきたのです。
しかし、今回これが「超」がつくほどの「優秀録音」だと言われて聞いてみると、なるほどこれが「優秀」と言われるものの正体なのかと納得もした次第です。
とは言え、この録音に対して、「ERC/EMI ASD 596/597」でなければ駄目だという留保条件はつけながらも、「BEST OF THE BUNCH」という特別な冠を認定するには勇気がいるだろうなとは思います。
なぜならば、どこを探してもドスン、バスンというような「どうだ!凄い録音だろう!」と聞き手にアピールするようなところが皆無だからです。
「TAS Super LP List」はこの録音に対して「xceptionally natural and musical sound」のマークをつけているのですから、おそらくは巨大システムによる大音量再生が必須という音源でもなさそうです。
あるのはひたすら自然な「音場表現」であり、その「音場」の中で然るべき実在感を持ってそれぞれの楽器が立ちあらわれてくるだけなのです。
なるほど、これが「xceptionally natural and musical sound」というものなののかと教えられます。
そして、この極上の自然さがそのままバルビローリの演奏の素晴らしさを再現するために貢献しているので、結果として聞き手は録音の優秀さよりはバルビローリの指揮とそれに応えるベルリンフィルの素晴らしさだけが印象として残ってしまうのです。
しかし、考えてみれば、音楽ソフトというものは録音の素晴らしさではなくて音楽の素晴らしさを伝える事が目的なのですから、これこそがもっとも理想的な「録音」の姿かも知れないのです。
なるほど、これはなかなかに面白そうなリストです。
と言うことで、このリストの中からパブリック・ドメインになっている音源を拾い出して、私の興味をひいたものから少しずつ紹介していきたいと思います。
体調はいかがでしょうか こんにちは
yung君には既にご存知であろうかと思いますが、著作権切れ歴史的名演奏の復刻・直販レーベルを紹介します。
① Pristine Classical https://www.pristineclassical.com/
② High Definition Tape Transfers(HDTT) https://www.highdeftapetransfers.com/
近ごろハイレゾに夢中の私ですがこれら両レーベルの音質は抗し難く、 特に②HDTT はマルチトラックオープンリール由来で, むかし聞いていたLPや最近の復刻CDとは一線を画す自然な音調です。
おそらくはmp3だと思いますが視聴もできます。 詳しくはそれぞれのウェブサイトを見てください。