エソテリック「D-07X」の音質評価

エソテリックの「D-07X」を導入してから2ヶ月ほどがたちました。ようやくにして、その本領が少しは発揮されてきたかと思います。

D-07X

低音域の充実に驚き

「D-07X」を導入して、まず最初に感じたことは「低音域」の充実です。
私が新しい機器を導入したときに、真っ先に試してみるのがこのアルバムです。

祈り/天満 敦子

一昔前の巨匠たちを思い出させるような「くせのある濃さ」にあふれているので、何度聞いてもあきないアルバムです。ただし、パイプオルガンとヴァイオリンという組み合わせはオーディオ的にはかなりくせ者で、地を這うようなパイプオルガンの響きは言うまでもなく、それをバックに天満のくせのあるヴァイオリンの響きが色濃く表現されなくてはいけません。

天満敦子のアルバムを聴いた人ならすぐに分かっていただけると思うのですが、彼女のヴァイオリンは昨今の風潮の中におくとかなり「異質」です。今の流行というのは細身の音で、きれいに、かつスッキリと仕上げるのが一般的で、これが「下手」の手にかかるとキコキコと鋸の目立てみたいな音楽を聞かされることになります。
それに対して、天満のヴァイオリンは太めの音色で、汚い音が出ることも厭わずに豪快に演奏します。好き嫌いはあるでしょうが、上澄みならぬ下澄みの音を取って野太く歌い上げていくところなどは、彼女以外のヴァイオリニストからは絶対に聞けない類の音楽です。
この天満のヴァイオリンのバックをつとめるのが、小林英之のパイプオルガンです。オルガニストというのはヴァルヒャのようなビッグネームをのぞけばほとんど目立つことの少ない職種なのですが、このオルガンは控えめながらも天満の野太く色の濃いヴァイオリンをふんわりと受け止めていて、そのバランス感覚は素晴らしいと思います。

ざっと、そういう特徴を持ったアルバムです。

ちなみに、サブシステムでこのアルバムを聴くと、パイプオルガンの最低音域の響きは十全には聞こえてきません。おかしな言い方になりますが、そのあたりにこのアルバムを作った人たちの「志の高さ」を感じます。
確かに、サブシステムで聞いてもヴァイオリンを支えるパイプオルガンの低音の響きは聞こえます。しかし、しかるべき装置で聞けば、その低音のさらに下に、もう一段低い、それこそ地を這うような「風」のような響きが入っていることに気づきます。そして、そこまで再現しうるシステムでこのアルバムを聴けば、天満のヴァイオリンはさらに凄味を増し、ホールいっぱいに拡がるオルガンの響きがヴァイオリンの響きをこの上もなく優しく包み込みます。
おそらく、昨今のオーディオ事情では、このアルバムがそこまでのクオリティで再生されることは少ないと思いますが、それでも、分かる人は分かってくれるだろうと信じてそこまでのクオリティでしっかりと作り込んでいることには敬意を表したいと思います。

もちろん、ベンチマークのDAC-1でも、パイプオルガンの響きは表現されていました。ですから、その時点でも、アルバムの制作者に対して「なかなかやるな!」と敬意を込めてニヤリとしていたのですが、残念なことは、下の下、一番の最低音域になるとヤマハのサブウーファーも「空振り」をしているような気がしていて、「やっぱり、YST-SW500では役不足か」「思い切ってYST-SW1000を導入すべきだったな」などと思っていました。

YST-SW500

YST-SW1000

ところが、D-07Xを導入したとたんに、この空振り気味だった最低音域のパイプオルガンがしっかりと形が崩れることなく響きはじめたのです。
これには、驚きました。
そして、役不足だとあらぬ疑いをかけていた「YST-SW500」に対して、「すまぬ、すまぬ」とわびを入れた次第です。
もちろん、「YST-SW500」と「YST-SW1000」を比べれば、再生可能なのが20Hzと16Hzと言う違い、さらには再生される「低音の質」などにも違いはあのでしょう。しかし、こうして聞くと、なかなかどうして、「YST-SW500」の能力は大したものだと思います。
そして、今回の経験から見えてくるのは、出力部分のスピーカーをどれほど奢っても、肝心の入力系のポテンシャルが低ければ宝の持ち腐れになると言うことです。具体的に言えば、ベンチマークのDAC-1では「YST-SW500」の能力を完全に発揮させることはできなかったが、エソテリックの「D-07X」にはその力があったと言うことです。

この事は、あらためてDACのアナログ段の重要性を教えてくれます
しかし、例えば、「DVD-5000」をCDトランスポートとして「D-07X」に接続しても、やはり最低音域の形は崩れ気味ですから、デジタル部の性能が必要なことは言うまでもありません。しかしながら、昨今のUSB-DACのデジタル部はどれもこれも優秀ですから、今必要なのは、そこにアナログ段のしっかりとした作り込みだと言うことになります。

中音域の充実は狙い通り

「エソテリックの音」というものは確かに存在します。
その一番の特徴は、上にも下にもしっかりと伸びた広帯域の音です。しかし、その反面として、いささか中音域が薄いことがよく指摘されます。
広いサウンドステージが拡がるような音場型の再生スタイルならばこの特徴は望ましいのですが、再生音がガンガンと実体感を伴って前に出てきてほしい人には似つかわしくないと言うことになります。
当然のことながら、こういうブランドの体質みたいな物は急に変わるわけもなく、「D-07X」もそのような体質を基本的には受け継いでいます。しかし、私の中にある今までのエソテリックの音と比べてみると、この「D-07X」の中音域はかなり厚みが増したように感じられます。この厚みが、「D-07X」の一つの「売り」である『新日本無線のハイエンド・オーディオ用オペアンプMUSESを採用』したことが影響しているのかどうかは分かりませんが、確かに少しばかり様変わりがしたような気がします。

そして、一般的にPCオーディオ畑やベンチマークのようなプロ機器の世界で育ってきたDACの中音域はどれもこれも「薄い」ので、これは望ましい変化だと感じました。
贅沢な話ですが、ユーザーが望むのは広々としたサウンド空間に一つ一つの楽器がじっかりとした実体感と厚みを持って豊かに響くことですから、その見果てぬ夢に向かってほんの少しは前に進んだような気がします。

ヴァイオリンという楽器は、ピアノなどとは違って演奏家が音程を作らなければいけません。

ピアノであれば、きちんと調律されていればAの音は440Hzです。しかし、現実のAの音は440Hzを中心にして一定の幅があります。
例えば、オケはAの音を440Hz(一般的には音程が最も安定しているクラリネット(これは勘違い、オーボエですね。安定して長い音が出せる・・・と言うのが理由らしいですね)で、ピアノ協奏曲などを演奏するときははピアノの音で)として一般的にはチューニングされますが、よく知られているようにベルリンフィルやウィーンフィルは華やか演奏効果を求めてやや高めの445Hzでチューニングしています。
絶対音感の持ち主であるマゼールがこの事に違和感を感じて、ウィーンフィルの音を440Hzにしようとして音楽監督を解任されたと言う話がまことしやかに囁かれたりします。
逆に、古楽器演奏などでは、半音低い415HzをAの音としてチューニングされます。口さがない連中(私も含めてですが^^;)は、これを「風邪を引いたオーケストラ」などと貶したりします。

ヴァイオリンという楽器の難しさは、このような多様な音程を持った楽器と合わせていく能力が求められることにあります。つまり、Aの音が求められたときに、馬鹿の一つ覚えみたいに440Hzで演奏してはいけないと言うことです。相手に合わせて音程を決めていく相対音感が求められます。
さらに言えば、一定の幅で音を出したときに、上澄みの部分でメロディラインを作ったときと、下澄みの部分でメロディラインを作ったときとでは雰囲気が全く異なります。
そう言えば、いつぞや、日本音楽コンクールの決勝で、誰も彼もが馬鹿の一つ覚えみたいに上澄みの音だけでワンパターンにキコキコ演奏しているのを聞いて「○○じゃないの!」などと失礼なことをほざいてしまったことがあります。
確かに、下澄みの音というのは暗くてザラッとした音色になりますし、下手をすれば汚く聞こえてしまうのでコンクールなどで使うのは勇気がいるのでしょう。しかし、音楽が音の羅列ではなくて、本当に音楽となるためにはそのような弾きわけは絶対に必要な事です。そして、この下澄みの音の使い方が上手いのが天満敦子というヴァイオリニストです。

本当に、汚くなることを怖れずに、ガガーッと言う感じでブラックな雰囲気を描いていきます。そして、この重くてザラッとしたヴァイオリンの音色をエソテリックの「D-07X」は実に見事に描いてくれます。
このあたりの表現力は、ベンチマークのDAC-1と比べると一歩から二歩は前に出ています。そして、ソナスの「エレクタ・アマトール」というのはこう言うところの表現力が一等優れているスピーカーですから、やっと本領が発揮できたような雰囲気があります。
実は、DAC-1を使っていた今までのシステムでこの部分が一番不満だったので、この変化は「狙い通り」でした。

高音域は?・・・よく分からん(^^;

最後に高音域ですが、これは正直言って、どのように変化したのかは分かりません。

ただ、いつぞやも書いたのですが、どうも高音域に関しては入力系に対して出力系が力足らずになっている気はします。
現状のシステムで天満のアルバムを聴くと、ヴァイオリンの高音域が天井につっかえたような感じでいささか窮屈な感は否定できません。最も、その窮屈感は「16bit 44.1KHz」という器の窮屈感もあるようで、DSDにアップサンプリングすると少しは改善されますが、それでも、スピーカーの性能の上限があることも事実のようです。

エレクタ・アマトールというスピーカーは昨今のハイテクスピーカーと比べれば上にも下にもそれほど伸びていません。基本的には中音域を濃厚に、かつおいしく鳴らすのが得意なスピーカーですから、「ナローレンジの美」で述べたような鳴り方をさせてあげるのが身の丈にあっています。
それを無理は承知でサブウーファーをを二台追加して低音域は伸ばしています。
そのおかげで、低音域の変化をしっかりと確認できたのですが、もしもエレクタ・アマトールだけだったら低音域の変化は充分には確認できなかったでしょう。
ですから、高音域に関しても、おそらくはしかるべきスーパーツイーターを追加してあげる必要があるのだろうとは思っています。

ただし、下はサブウーファーをつなぎ、上はスパーツイーターをつなぐというような「無理」をエレクタ・アマトールにさせるのはかわいそうな気がします。
それに、年を取ったためか、高音域はそんなに良く聞こえなくなっている事も事実です。
と言うことで、高音域に関してはしばらく「放置」と言うことに決めました。

まとめ

これ以外に、サウンドステージの広がり具合などもDAC-1と比べると一日の長があるような気もしますが、微妙なところです。

解像度に関して言えば、DAC-1のカミソリのような切れ味はありませんが、それはDAC-1が切れすぎるのであって、音楽を聞く上での不満は全くありません。

と言うことで、実売価格120K円だったDAC-1(現在は80K円くらいに下がっている模様)から、実売価格250K円のD-07Xに乗りかえた甲斐は充分にあったと言えそうです。
そして、PCオーディオといえども、ある程度のシステムに組み込むとなると、アナログ段がしっかりと作り込まれたDACを奢ってやる必要はあるし、奢ってやればそれだけの成果は期待できると言うことは確認できました。

次回は、この「D-07X」のあれこれの使い勝手について報告したいと思います。


5 comments for “エソテリック「D-07X」の音質評価

  1. 通りすがりのプログラマ
    2012年5月12日 at 11:46 PM

    >例えば、オケはAの音を440Hz(一般的には音程が最も安定しているクラリネットで、ピアノ協奏曲などを演奏するときははピアノの音で)として一般的にはチューニングされますが、

    クラリネットではなくオーボエですね。大抵はチューナーを見ながら音を出しているそうですが。

  2. 2012年5月13日 at 11:09 AM

    天満敦子さんの「祈り」(ブロッホ作曲)、アマゾンで試聴してみました。なるほど仰るとおり「太めの音色で、汚い音が出ることも厭わずに豪快に演奏」されていますね。もしやヨーゼフ・シゲティ→海野義雄氏に連なる系譜の方かと思いましたら、果たしてその通りでした。しかし私は、にこにこ動画の「地平を翔る風」の方がジ~ンと来ました。なかなか芯の通った演奏をされる方ですね。
    http://www.nicovideo.jp/watch/1331633104

    で、ブロッホの「祈り」ですが、結構有名な曲みたいですね。昨年秋のチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の来日公演でヨー・ヨー・マがアンコールで演奏しているようですし、オルガン伴奏版ではコントラバス奏者・ゲーリー・カーの「アメイジング・グレイス~ベスト・オブ・ゲリー・カー」に同曲が収録されているようです。ゲーリー・カー盤もアマゾンで聴いてみましたが、オーディオ的に音の迫力は断然上。ぜひ一度ご試聴されることをお勧めいたします。

  3. n'Guin
    2012年5月15日 at 8:47 PM

    YST-SW500 を私もつい最近まで使用していました。 40Hz にてクロスさせて3Dにて、かなり長いこと使用しておりましたので、実力のほどはよくわかります。
    私の場合、超低音のチェックディスクは、Robert Schumann の Missa Sacra です。
    http://www.amazon.co.jp/Missa-Sacra-3-Motets-Schumann/dp/B00008F0WP/ref=sr_1_5?ie=UTF8&qid=1337081803&sr=8-5

    私の場合は、DACを、Marantz CDA-94Limited から Marantz Project D-1 に変更したときに、ユング様と同じ経験をしています。 最近、メインシステムのDACを Soulnote sd2.0B に変更し、サブウーファを Fostex SW250A 2台体制にしました。 さらに、力強さが加わった感じがしています。 ユング様のところも2台体制ですから、さぞかしふっくらとした超低音だろうなぁと想像しています。

    今にして思えば、CDA-94Limited を手放さずに持っていれば、“ナローレンジの美”を手にしていられたなぁと、ちょっと後悔しています。

  4. yung
    2012年5月15日 at 10:26 PM

    >サブウーファを Fostex SW250A 2台体制にしました。 さらに、力強さが加わった感じがしています。

    一昔前は低域には方向性がないから1台で充分だと言われていましたが、私の個人的経験からいっても、サブウーファーは左右2チャンネルが絶対に必要だと思います。何というか、空気感みたいなものがガラッと変わりますね。

    >40Hz にてクロスさせて

    私の場合は70Hzあたりでハイカットしています。ボリュームは」10時くらいですから、ちょっと出し過ぎかなとは思いますが、エレクタ・アマトールとの組み合わせでは、まあこのあたりかなとは思っています。

    • n'Guin
      2012年5月16日 at 10:21 PM

      返信ありがとうございます。
      > 一昔前は低域には方向性がないから1台で充分だと言われていましたが、私の個人的経験からいっても、サブウーファーは左右2チャンネルが絶対に必要だと思います。何というか、空気感みたいなものがガラッと変わりますね。
      120% 同意します。
      フォステクスのHPにも同じような表現があります。
      フォステクスの説明によれば、クラシックの場合は、2台のメリットが大きいそうです。

      > 私の場合は70Hzあたりでハイカット
      こっちも納得です。 なぜなら、Quad ESL-63 をメインスピーカーとして使っていたときの cross over 周波数とほぼ同じだからです。

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