アナログシステムの再構築(4)

アナログというのはデジタルとは異なる魅力があることは間違いありません。
ただし、それが「CDは20kHzまでしか再生できないが、アナログはそれよりも高い周波数まで再生できる」とか、「スムーズで滑らかであるべき波形がデジタルでは階段状のギザギザな波形になる」などと言うレベルで「謎解き」をしてはいけません。こういう事については、すでに「CD規格って不十分なの?」というタイトルで集中的に取り上げてみて、一応の結論は得たものと確信しています。

アナログソフトに詰め込まれている情報は間違いなく「44.1kHz 16bit」と言うCD規格の中に収まります。ですから、オーディオショーなどでそう言う科学的根拠の無い都市伝説を持ち出してきて自分たちのアナログシステムの優位性を説明してる姿を見ると、痛々しさを覚えてしまいます。

もう一度繰り返しますが、アナログというのはデジタルとは異なる魅力があります。
ですから、自信を持ってドン!!とアナログの素晴らしい音を聞かせてくれて、「どうです、アナログもいいものでしょう!」とやってくれれば誰もが納得するのです。

私はラックスの回し者ではありませんが(^^;、まさしくラックスのブースがそうでした。そして、その音をドン!!と聞かせてくれたがゆえに、棚の奥にしまい込んでいたアナログのシステムを引っ張り出してきて復活させようと思ったのです。
もしもあそこで、「CDは20kHzまでしか再生できないが・・・」みたいな御託を並べられていたら、せっかく素晴らしい音を聞かせてもらった喜びも一気に興ざめしてしまっていたことでしょう。

私は基本的にはデジタルの人です。
しかし、現状ではデジタルにはない魅力をアナログが持っていることは否定しません。

もちろん、そこに優劣関係を持ち込むつもりはないのですが、出来ればそのアナログの魅力がどこから来ているのかを突き詰めて、その技術的成果をデジタルに持ち込むことでデジタルの底上げが出来ればいいかと思っています。

既に書いたことですが、昨年の大阪でのハイエンドショーを見てみると、アナログの方向性は概ね二つに分かれるように感じました。

一つはデジタルと勝負して凌駕しようとするスタンスです。手段としては物量の投入と機械的精度の磨き上げが用いられるので途轍もなく高価なシステムになってしまいます。
もう一つは、アナログならでは美音を淡々と追求するスタンスで、まさしくラックスがこれでした。一般的な感覚から言えば高価なシステムと受け取られるのでしょうが、上のスタンスの製品群と較べればプライスは0が一つ少なくなります。

個人的には前者のスタンスには全く魅力を感じませんでした。そのあたりのことは既に述べたとおりです。
ですから、今回もそう言うアナログ再生の中で気づいたことを幾つか報告できればと思います。

アナログの時代から始まっていたデジタル録音

アナログのシステムを復活させたので、年末にしまい込んでいたLPレコードを奥の方から引っ張り出してきて、ジャンルごとに整理して棚に並べました。ザッと勘定すると800枚程度のレコードがコレクションされていて、「あれ、こんなレコードも持っていたんだ!」という感じでなかなか整理が進まずに困りました。
しかし、おかげでいろいろ面白いことが分かってきました。

その内の一つが、アナログ録音の終わり頃には既にデジタル録音が始まっていて、そう言うデジタルで録音された音源をもとにたくさんのアナログレコードが発売されていたという事実を思い出せたことです。
例えば、こんなレコードが出てきました。

スメタナ四重奏団 – アメリカ/ライヴ・イン・神戸

ow-7407-nd

このレコードには「デジタル時代をリードするPCM録音!!」と題してそのPCM(デジタル)録音の特徴を以下のように列記しています。

  1. 広く平坦な周波数特性
  2. 驚異的なダイナミック・レンジ
  3. ひずみがたいへん少ない
  4. ワウ・フラッターがない
  5. レベル変調・位相変動がない
  6. 変調ひずみがない

物事は常に時代の制約を免れないので、後の時代においそう言う記述を突っつくのはフェアではありません。ただし、一つ確認しておいた方がいいことは、デジタルで録音した音源をもとにアナログレコードを作成したと言うことが一つの「アドバンテージ」だったという事実です。そして、日本コロンビアはこの時代に、そう言うレコードをたくさんリリースしたようで、私の手元にも幾つかコレクションされていました。

それにしても、このレコードはかなり贅沢な作りです。何しろ、両面を使ってドヴォルザークのアメリカ1曲しか収録していないのですから。

第1面:Ⅰ- 7’09 Ⅱ – 8’09
第2面:Ⅲ- 3’39 Ⅳ – 5’32

裏面に刻み込まれているのは10分にも満たない3楽章と4楽章だけなのですから、アナログレコードが持っている弱点を最大限にカバーする作りです。
さらに言えば、録音そのものも日本コロンビアが行っていますから、マスターテープのコピーをもとにカッティングしなければいけなかった「国内盤」のハンデもありません。
理屈の上では、極上に近い状態で作成されたはずなのです。

ところが、困ったことに、このレコードを再生してみると実につまらない音しか出てこないのです。
そして、そのつまらなさを聞いているうちに、こういう音ってどこかで聞いたことがあるような気がしてきました。そして、思いをめぐらせているうちに思い出しました。

そうです、この音はまさに、CDが離陸したときのCDの音とよく似ているのです。
もちろん、「冷たい」「硬い」とさんざん酷評されたほどには酷くはありませんが、音の方向性が実によく似ているのです。くっきり、しゃっきりはしているのですが、いわゆるアナログ的美音とは随分と遠いところにある音なのです。

そこでもしやと思って、もう一枚引っ張り出してきて再生してみました。
次の一枚が速やかに出てくるのは、一日かけて整理した功徳です。

MOZART / PANOCHA QUARTET – Two String Quartets
of-7004-nd
驚いたことに、この中古盤にはネット上で26ユーロのプライスがついていました。(もしかしたら、この800枚を超えるLPレコードはお宝の山かもしれない。(^^;)

パノハ弦楽四重奏団というのはあまり聞かない名前なのですが、今もチェコが誇る代表的な弦楽四重奏団として元気に活躍しています。そう言うカルテットの若い頃の録音と言うことで貴重なのかもしれません。
ちなみに、このパノハ弦楽四重奏団はスメタナ四重奏団の弟子筋に当たります。

当時の日本コロンビアは世界的な名声を得ていたスメタナ四重奏団と深い結びつきがありましたから、その流れでパノハ弦楽四重奏団との録音が行われたのだろうと推測されます。
こちらも、スメタナ四重奏団と同じように日本国内で録音が行われていて、録音担当はともに「林正夫」とクレジットされています。

日本コロンビアは1972年からPCM(デジタル)録音を開始しているのですが、その中心となって活動を行ったのが林正夫、岡田則男、後藤博、塩澤利安などの日本コロムビア録音部生え抜きのスタッフだったと伝えられています。とりわけ、林正夫という人はあの美空ひばりが「この人がスタジオにいなかったら録音しない」と言ったという逸話が伝えられているほどの凄腕の録音技師でした。
彼こそは若林駿介や菅野沖彦も及ばない、日本が生んだ最高の録音家と評価する人もいるほどです。

ですから、この二枚のレコードは、決して日本コロンビアが手抜きをして作ったレコードではないのです。
しかし、残念ながら、このレコードもまた何処かつまらないのです。

確かに、くっきりはっきりとした音では再生されるのですが、いわゆるアナログ的な美とは無縁な音です。
そして、その音は疑いもなく、さんざんに酷評された初期のCDの音と方向性が同じです。悪くはないのかもしれませんが、それでもこういう音ならば何もアナログで再生する必要はないと言えます。

ハンガリー弦楽四重奏団 – バルトーク:弦楽四重奏曲第5番、6番

MGX7027
それと比べると、例えばこのレコードなどは古い録音で、作品的にもアナログ的な美質とは縁遠く思えるのですが実にいい感じで鳴ってくれます。

録音は1961年、レコード自体も何回も再発を繰り返した果てのミドルプライスの国内盤です。それでも、バルトークの弦楽四重奏曲というある意味非常に尖った音楽であるにもかかわらず、4つの弦楽器の艶やかな響きは魅力的です。とりわけ、4つの楽章に全て「メスト」(悲しげに)と記された第6番の四重奏曲は美しさの限りです。

結局は録音が大切

この数少ない「事実」だけで言い切ってしまうのは危険なのですが、それでもこれは「アナログの美質」を語る上でよく言われる次の言葉を補強する役割は果たしそうです。

「アナログのレコードで再生されることを念頭に置いて録音された音源は、アナログで再生するのがベストである。」

アナログ録音と、それを再生するアナログレコードには長い歴史がありました。
磁気テープによる録音が商業ベースで主流となったのは1952年ですし、それを再生するためのソフトとしてのLPレコードにも同じだけの歴史がありました。そして、この二つがデジタルによって表舞台から姿を消したのは90年代の初頭でしたから、概ね40年間の経験が蓄積されていたわけです。歴史的録音になじんできた経験から言って、モノラル録音に関しては、そのクオリティは50年代の後半には頂点に達していましたし、その後のステレオ録音においても60年代のマーキュリーレーベルの音をこえるような録音はほとんど存在しません。

それと比べると、デジタル録音に関しては長く試行錯誤が続いたことが見て取れます。
デジタルによる録音に先鞭をつけたのは日本コロンビアなのですが、開始から10年を経ても未だに扱いかねていることがスメタナとパノハ四重奏団のレコードから窺うことが出来ます。残念ながら、林正夫を持ってしても、弦楽四重奏曲のレコードとしては61年に録音されたハンガリー四重奏団のバルトークの方が美しく響くことは否定できないのです。

つまりは、あらゆる意味において、オーディオにおいては再生ソフトこそが王様なのです。
とれほど高価でよく調整されたオーディオシステムであっても、再生される音源がクズならば、そのクズの部分をより明確に描き出すがゆえに聞けたものでない音になってしまうのです。誤解を招くといけないので補足しておきますが、林氏による二枚の録音をクズと言っているわけではありません。しかし、デジタルという広い領域に放り出されて困惑していることは事実です。

誤解を招くといけないので、もう少し分かりやすい例を出しましょう。
例えば、80年代にCDが離陸すると、ほとんどのポップミュージックはラジカセで再生されるものとなってしまいました。そうなると、録音する方はそう言うラジカセで再生されることを念頭に置いて音を作っていかざるを得なくなりました。
これらこそが、まさに、クズのような録音です。
結果として、そう言うラジカセで聞かれることを前提としたCDを然るべきオーディオシステムで聞くと、それはそれは酷いことになったものです。

ところが、70年代の初頭あたりまでは、そう言うポップミュージックであってもレコードで再生されることを前提として制作されていたために、クラシックやジャズなどと同じスタンスで普通に録音され、普通に音決めが為されていました。
今回レコードを整理していて、これまた発掘されたのがこの一枚です。

中島みゆき / 私の声が聞こえますか

av-9001
言うまでもなく、我が愛するみゆき姉さんのファーストアルバムですが、録音は1976年2月17日~24日とクレジットされています。この後の時代のような、ラジカセ用に低域と高域を変にいじくって音を悪くするようなことは一切為されていません。
当然この音源はデジタルでも所有しているのですが、若き日のみゆき姉さんの色気みたいなものは明らかにアナログ盤の方がいい感じで表現してくれています。

とは言え、デジタル音源の方も後の時代になってからマスタリングし直された音源なので、アナログとの差は非常に小さいですし、一つ一つの音像の強さみたいなものに関してはデジタルの方が上回っています。

つまり、CDの初期において多くの人が感じた不満は、CDと言う規格に問題があったのではなくて、その器にどのようにして盛りつけたらいいのかがよく分かっていなかった録音の方にこそ責任があったのかもしれないのです。

実際、90年代にはいるとCDの音質は大幅に改善されます。
これは事実です。
しかし、当然の事ながら「CDは音が悪い」という批判を受けてその規格が見直されたわけではありません。
「44.1kHz 16bit」と言う規格は離陸時から現在に至るまで一切変更は加えられていません。

変わったのは規格ではなく録音の仕方なのです。
さらには再生する側も、デジタルを再生するためのノウハウが積み重ねられ大幅に改善が進んだ事も寄与しました。

それでもなお、デジタルはアナログ時代のアナログが持っていた美音を己の中に取り込むことに未だ成功していません。
確かに、多くの部分においてデジタルは既にアナログを凌駕しています。しかし、感覚の部分において、明らかに取り込めていないアナログの美しさがあることは謙虚に認めるべきでしょう。

その時に、「CDは20kHzまでしか再生できないが、・・・」みたいな物言いを持ち込むことは、アナログを貶めることにしかなりません。

アナログは、その美音をドン!!と聞かせて「どうだ!」と見得を切ればいいのです。
デジタルもまたその美質を己の中に取り組むための努力を続ければいいだけの話です。

そう言う意味では、自分の再生システムの中にこの二つを共存させておくのはとても重要なことなのかもしれないと一人納得している今日この頃です。


3件のコメント

  1. Fujiと申します。

    最近、PCオーディオに関する記事が殆ど更新されませんが、もうPCオーディオは終わったんでしょうか。

  2. 私もPCオーディオの更新を待ち遠しく訪問しています。行き着くところ頂は同じかもしれませんが、アナログの方向からも登り始めたのでしょうか。

  3. yung 様

    いつも楽しみに拝見させていただいております。

    少し前になりますが、FM 放送を聞いていたら、山下達郎氏がアナログからデジタルに変わった時の苦労を制作サイド側から語っていて、今まで求めていた音が作れなくなったようなことを言っていました。検索してみたら、その後のデジタル音源をテープに記録していた時代からハードディスクに記録する方法に変わった際のインタビューがありましたので、ご参考までに貼り付けておきますね。
    http://www.geocities.jp/garage_miho/essay/tatsuro_interview_200506.htm
    録音機材が変われば、求めていた音も出せなくなってしまうのでしょうね。。。

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