優秀録音の検証~Columbia&現在のメインシステム

ソフトは王様~録音クオリティの検証2

こういうコーナーを始めたのですから、まずは肝心の再生装置を明示しておかなければいけませんね。何だ、そんなシステムで聞いていて何が分かるんだ!と言われそうでもあるのですが、やはり手の内は明かしておかないと不公平ですし、何よりも卑怯です。
最も、メインシステムに関しては毎年公開してたつもりだったのですが、気がつくと2014年版が最新で、それ以後は更新していないことに気づきました。基本的なものの考え方が変わっている部分もありますし、ハードに関しても幾つか変更していますので、報告するにはいい機会かもしれません。

まずは、現時点のメインシステムの構成です。

2014年最後のメインシステムの基本構成」からの主な変更点は以下の3点です。

  1. ネットワーク再生を捨ててメモリ再生を選択
  2. イコライザによる操作を捨てて、24bit 176.4Khzへのアップサンプリング再生を基本とする
  3. アンプをRotelに変更

ネットワーク再生を捨ててメモリ再生を選択

これに関しては、このサイトをたびたび訪れてくれている人にとっては今さら説明の要はないでしょう。
ネットワーク上のNASに音源ファイルを格納して再生するネットワーク再生は、利便性という点では圧倒的な優位性を誇っています。しかし、NASから再生用PCに至るネットワーク経路に音質を劣化させる要因が数多く存在していて、それを一つずつ丹念に潰していくという作業を長きにわたって続けてきたのですが、そもそも音源ファイルをネットワーク上に置かなければそう言う苦労は必要ないのではないかと言う発想でメモリ再生を始めました。

この「メモリ再生」というのは私が勝手に付けた名前と手法ですから世間一般で広く流通している概念でもなければ手法でもありません。
しかし、利便性はかなり後退する代わりにネットワークに由来する様々な阻害要因からは簡単にフリーになれますし、フリーになることによってもたらされる音質上のメリットは大きいと思うので、メインシステムでの再生はこの手法を採用しています。
ただし、従来、長きにわたってメインシステムのど真ん中に座っていた「lightmpd」は「SSH」が使えないので、ファイルの転送にはコマンド操作が必要になります。さすがに、そこまでの不便は忍べないので「lightmpd」から「Tiny Core」をベースにしたMPDに変更しています。

結果として、システム構成からNASも消えたので前段の部分がかなりすっきりしたものになりました。

イコライザによる操作を捨てて、24bit 176.4Khzへのアップサンプリング再生を基本とする

これは、判断としては難しいところで、未だに行きつ戻りつしています。
私の場合は、再生用の音源ファイルのフォーマットは基本的にCD規格(16bit 44.1Khz)です。問題はこの音源をどのように料理して再生するかなのですが、私のシステムでは以下のような3通りのやり方が有力です。

  1. bit数だけ拡張して「24bit 44.1Khz」で再生する。
  2. 「24bit 88.2Khz」にアップサンプリングして、「DEQ2496」でイコライジングして再生する。
  3. 「24bit 176.4Kh」にアップサンプリングして再生する。

まず、どの方法をとるにしても16bitから24bitに拡張しておくのは必須でしょう。デメリットは殆ど考えられませんから、やっておいて損はありません。
問題は、それを「44.1Khz」のままで再生するか、「88.2Khz」でイコライジングしてから再生するか、「176.4Kh」までアップサンプリングしてかで再生するかです。

本音を言えば、「DEQ2496」が「176.4Kh」に対応していれば「176.4Kh」でイコライジングしたいのですが、「96Khz」までしか対応していないのが痛いところです。100K円程度で「176.4Kh」に対応したデジタル・イコライザが登場すればすぐにでも導入したいと思うのですが、論理的に考えれば「詐欺的」としか思えないような高価な機器しか存在しないのが辛いところです。
そこで、現状では「「24bit 88.2Khz」にアップサンプリングして、「DEQ2496」でイコライジングして再生する。」<「「24bit 176.4Kh」にアップサンプリングして再生する」と判断しているのですが、それでも時々「DEQ2496」を挟んだ世界も聞いていたくなるときがあるので困ってしまいます。

アンプをRotelに変更

2014年当時はプリに「Accuphase C-200V」、パワーアンプは高域に「Accuphase P-300L」、低域に「ROTEL 1592TM2」を使ったバイ・アンプ駆動でした。さすがに30年以上も使ってきた「Accuphase」のアンプにガタがきたので、そこを「Rotel」のアンプに交換しました。
「Rotel」を選んだのは、低域駆動用に採用していた「ROTEL 1592TM2」の素性が非常によかったので、プリアンプの方も「ROTEL」に変更しました。

ただし、プリもパワーも国内の工場で内部配線を全部やり直した限定品を選択したのが唯一の贅沢です。

「ROTEL 1592TM2」

「ROTEL RC-1580Mk2S」

今回取り上げるのは「Columbia」レーベルです。

2回目の優秀録音としてオーマンディ&フィラデルフィアによる「オケコン」を取り上げます。
最初に紹介した「Mercury」の録音をもっと深掘りをしてもいいのですが、まずは50~60年代の概観をした方がいいだろうと考えました。そこで、取りあえずはレーベルを横断して一通り紹介していこうかと思いますので、2回目は「Columbia」を取り上げます。

なお、「Columbia」というレーベル名に関してはいささか複雑な事情があるので最初に少しばかり説明をしておきます。

もともと「Columbia」は19世紀にまで遡ることのできる古い歴史を持つレコード会社なのですが、20世紀の初め頃に自らが創立した放送局「CBS(Columbia Broadcasting System)」によって買収されるというおかしな事になりました。つまりは親会社であった「Columbia」が子会社である「CBS」の傘下に入ってしまったわけです。
この時に、レーベル名も「Columbia」から「CBS」に変わっていれば混乱は少なかったのでしょうが、知名度の問題もあったのでしょうか、「Columbia」と言うレーベル名がそのまま残りました。

しかし、1953年に「CBS」が新しく「Epic」というレーベルを起ち上げたときに、傘下の「Columbia」と新しく設立した「Epic」を統括するために「CBS Records Group」という新しい会社を創設しました。結果として、「Columbia」「Epic」「CBS」が混同されて使用されるようになり、少なからぬ混乱を招いてしまったのです。
さらに、1988年には「CBS Records Group」がソニーに買収されて「Sony Music Entertainment」となります。この会社はその後BMGと合併することでさらに名前が変わったりするのですが、その後、様々な紆余曲折を経て現在は再び「Sony Music Entertainment」と言う名前に戻っています。
ですから、現在は「Columbia」や「Epic」の録音は全て「「Sony Music Entertainment」という名前で発売されていて、これもまた混乱を招く要因となっています。
さらに困ったことに、2006年に「CBS」が新しく「CBS Records」というレーベルを設立してしまうのです。この「CBS Records」は2006年に新しく設立されたレーベルですから、かつての「CBS Records Group」とは一切関係がないのですが、これもまた「CBS」というレーベル名が混同される要因となっています。

そこで、ここではその様な混乱を開けるために「CBS」のレーベル名は使わずに、「Columbia」のチームが録音した音源に関しては「Columbia」、「Epic」のチームが録音した音源に関しては「Epic」という名前を使うことにします。もちろん、この2つのレーベルは「CBS Records Group」に属するのでそれを「CBS」と書いても間違いではないのですが、現在の「CBS Records」と紛らわしいですし、何よりもそれぞれのチームの録音に対するポリシーも異なりますから、録音について語るときにはこの2つは明確に分けて表記します。

バルトーク:管弦楽のための協奏曲 Sz.116 ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1963年10月13日録音 [ARTS Eugene Ormandy Orchestral Works AT002(CD 32)]

とはいえ、「Mercury」に続いて「Columbia」というのは違和感があるかもしれません。
何故ならば、この時代を代表する優秀録音のレーベルと言えば、「Mercury」や「RCA」、「DECCA」と言うのが通り相場で、そう言うレーベルと較べると「Columbia」は一段落ちるというのがこれまた通り相場だったからです。
何故「Columbia」は「RCA」や「DECCA」と較べて録音のクオリティに対しては一段落ちると言われていたのかと言えば、それは技術革新に対する感度の鈍さです。

よく知られているように、50年代の初めにテープによる録音が一般化することで録音のクオリティは飛躍的に向上したのに対して、大手の老舗である「Columbia」はそう言う変化に対して極めて鈍感だったのです。
実際、「RCA」が1953年にはステレオ録音を導入したのに対して、「Columbia」は1956年になって始めてステレオ録音に取り組むという有様だったのです。

しかし、そういう遅れも次第に経験を重ねるにつれて追いつくようになり、60年代の初めには、他のレーベルとは違う「Columbia」らしい優れたテイストの録音を送り出すようになります。そういう「Columbia」らしい優れたテイストがよく分かるのが、この1963年録音のオーマンディ&フィラデルフィアによる「オケコン」なのです。

まず、基本的なマイクセッティングですが、これは「RCA」と大差はなかったようです。
オーケストラの楽器の間にマイクを林立させるマルチマイク録音ではなくて、基本的には指揮者の後方につり下げられた3本のマイクで録音し、後は必要に応じて数本のマイクを補助としてセッティングするスタイルです。
「Mercury」のウィルマ・コザートのようにあくまでもメインの3本だけにこだわる潔癖な「ワンポイント録音」ではないのですが、基本的にはこれもまた「ワンポイント録音」の範疇に入れていいでしょう。

ただし、この「Columbia」の録音には、いわゆる「優秀録音」っぽい「あざとさ」が希薄で、音の佇まいが極めて自然です。ですから、パッと聞いただけではそれほどの「優秀録音」には聞こえないのですが、実は、本当に「優秀」な録音というのはこういうものなのだと言うことを教えてくれる録音なのです。

バルトークの「管弦楽のための協奏曲」は、その名の通り大規模な管弦楽曲でありながら、至るところに様々な楽器がソロイスティックに登場するのが特徴です。ですから、コンサート会場に鳴り響くオーケストラの広大な音場と、そこで活躍する様々な楽器の質感が上手く両立しないと、この作品のおいしさ、素晴らしさはなかなか伝わりません。そして、前回の「スペイン奇想曲」でも触れたように、音場と質感を高いレベルで両立させるのは非常に難しいのです。

しかし、この「Columbia」の録音は、まずなんと言っても演奏会場である「フィラデルフィア・タウンホール」で鳴り響くフィラデルフィア管弦楽団のあるがままの姿を見事にすくい取っています。そして、そのすくい取り方が空気感のようなものまですくい取っているがゆえに、そのあまりの自然さゆえにそれほどの「優秀録音」だと感じないというおかしな事になっているのです。

フィラデルフィア・タウンホール

しかし、これだけは強調しておきたいと思うのですが、まさにこのような響きこそが実際のホールで鳴り響いているオーケストラの響きだと言うことです。そして、おそらく、このような何の作為もない音の録り方は「ワンポイント録音」でなければ不可能です。
こういう「ワンポイント録音」は録音をしてから弄ることは殆ど不可能ですから、録音会場の優れた素性とマイクをセッティングするエンジニアの腕が不可欠です。

ちなみに、フィラデルフィア管弦楽団の本拠地である「アカデミー・オブ・ミュージック」は音響的には問題の多いホールなので、オーマンディは「ここで録音はしたくない」と語っていました。ですから、彼らの録音は「フィラデルフィア・タウンホール」と言う場所で行われるのが常でした。このホールは残された写真を見る限りは何の変哲もない愛想のない建物なのですが、音響的な素性は非常によかったようです。
また、録音を担当したのはクレジットによると「Thomas Frost」となっています。

「Mercury」のウィルマ・コザートや「RCA」の「ルイス・レイトン」のようなビッグネームではないかもしれませんが、ホロヴィッツのアルバムを多く手がけ、あの有名な「An Historic Return」は彼の手になる録音でした。そして、この録音を聞く限りは、「トマス・フロイト(Thomas Frost)」もまた優秀なエンジニアであったことは間違いないようです。

また、帯域的に言えば、低音部の響きが自然な形でたっぷりとしていて、その低域の強調はワルターほどではないものの、オーマンディもまたどっしりとした低域の上に響きを構築していくヨーロッパ的な指揮者だったことを教えてくれる録音になっています。
さらに、強調したいのは、そういう自然でクリアなオーケストラをバックに、次々と登場する楽器のソロの響きの質感がとてもリアルであり、さらにはそういう楽器のステージ上でのレイアウトが目に見えるかのごとく鮮やかだと言うことです。

前回も紹介した「録音の世界遺産」さんもこの録音を「世界遺産級」と認定して「このようなホールトーンを正しく評価し、認めてこなかったことが(それは製作者側にもリスナー側にも責任があるのだが)、オーケストラ録音の衰退の原因であったのだと思っている。」と述べておられるのですが、全く持って200%同意したい思いです。
ある意味では、このような録音こそが、同時代の、そしてその後の時代のオーケストラ録音を評価していく上での基準点にすべきなのでしょう。


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20 comments

  • Fuji

    ユングさん、Fujiです。

    お聞きしたいことがございます。我々オーデォ好きサイドからの目線では、この様な録音の良し悪しの話は良く聞くのですが、それでは録音技術者の方々はどの様に思っておられるのでしょうか。編集作業はスタジオのモニタースピーカーで行っていると思いますが、実際に出来上がった音源のサンプルを我々オーデォ好きサイドが所有する様な再生装置で聴いて編集(音質)の良し悪しを判断されているのでしょうか。又、プロの演奏家の方々は自分の演奏した音源の編集作業に立ち会い注文を付ける事は有るのでしょうか。そもそもプロの演奏家、録音技術者の方々はご自身ではどの様な再生装置で音楽を聴かれているのでしょうか、もしご存じで有ればお聞きしたいのですが。

    • yung

      ある意味では、これが「このテーマ」を取り上げた一つの大きな理由かもしれません。

      編集作業はスタジオのモニタースピーカーで行っていると思いますが、実際に出来上がった音源のサンプルを我々オーデォ好きサイドが所有する様な再生装置で聴いて編集(音質)の良し悪しを判断されているのでしょうか。

      嘘か本当か知りませんが、非常に高価で優れた機器を使って録音や編集を行いながら、最後の「音決め」はラジカセを使って行うメジャーレーベルもあったそうです。
      何故そんな事になるのかは、少し考えればお分かりだと思います。
      このあたりの問題に足下をすくわれないためにも、「本当によい音」へのコンセンサスが必要なのでしょう。

      まあもっとも、私は録音現場などにはいたこともない素人ですから本当のところは分かりませんが・・・。

    • Hippo

      こんばんは。

      色々な環境でという名目とともに大きな音の方が受けが良いということで、「音圧競争」が行われました。今でもですが。
      クラシックは比較的に被害が少ないのですが。

      たとえば、せっかくですからここで紹介されているオーマンディのオケコンを見てみます。
      ピークレベルと音量レベルをいくつかの演奏で比べてみました。

      オーマンディ(1963)
      Peak RMS
      ———————
      -0.01 dB -17.47 dB
      0.00 dB -20.75 dB
      0.00 dB -17.15 dB
      0.00 dB -19.44 dB
      0.00 dB -15.35 dB
      ———————
      RMS L: -18.2 R:-17.1

      となっています。
      比較のため他の演奏も見てみましょう。

      ライナー(1955)
      Peak RMS
      ———————
      -1.65 dB -21.23 dB
      -3.64 dB -23.65 dB
      -0.43 dB -20.64 dB
      -1.94 dB -21.93 dB
      -1.80 dB -19.59 dB
      ———————
      RMS L: -21.1 R: -21.3

      セル(1965)
      Peak RMS
      ———————
      0.00 dB -20.40 dB
      -5.84 dB -24.86 dB
      -0.10 dB -19.46 dB
      -2.30 dB -23.01 dB
      0.00 dB -17.62 dB
      ———————
      RMS L: -20.0 R: -20.7

      オールソップ(2009)
      Peak RMS
      ———————-
      -0.99 dB -23.91 dB
      -11.07 dB -30.93 dB
      -5.03 dB -25.10 dB
      -5.81 dB -29.54 dB
      0.00 dB -21.41 dB
      ———————-
      RMS L: -24.5 R: -24.9

      オーマンディの音源が「音圧競争」の産物であることがうかがえます。
      クリッピングや台形波形など、CDとしてはあってはならない信号も散見されます。
      もっとも音量の小さい第2曲でもクリッピングしている有様です。

      音量を上げている分、たっぷりとしたホールトーンが強調される面もあるのですが、演奏の本来の姿を捉えたものとは言えないのでは?と思います。

      録音時の品質も大事ですが、リマスターによる影響も大きいですね。

      • Hippo

        補足です。

        オーマンディの演奏はとても良い。いらぬ刺激を詰め込もうとする演奏よりずっと好ましいと思います。

        オールソップのような録音・マスタリングは、この演奏には合わないという気もします。

        まあ、ド素人のたわごととお笑いください。

  • Fuji

    ユングさん、Fujiです。

    先の投稿でも少し述べましたが、現在のプロの演奏家(指揮者、楽器奏者、歌手等)はどの様に思っているのでしょうか。録音、編集作業等に関与する事は有るのでしょうか。一説によると演奏家の方々は音源の音質には興味が無く(多くの方がオーディオには興味が無い)、練習などに時間を取られそれどころではないと伝えられていますが、もしそうだとすれば、音源の音質にも気を使うべきと考えます。少なくとも編集作業が完了した音源を聴き、自分が表現した通りの音になっているか位は確認すべきで、意に反している様な出来栄えで有れば注文を付ける位の事はすべきでしょう。演奏家の方々は凡人には無い感性をお持ちのはずですから、それ位の技量は身に着けて欲しいと思います。何故ならばいやしくも自分の名前を冠した音源を商品として販売する訳で、売れれば印税が入りますから立派なビジネスであり、その品質には当然責任を持つべきであり、演奏活動と同等だと考えますが如何なものでしょうか。

    • yung

      最近の音楽家はどうかは知りませんが、昔の人は随分と気難しかったようです。
      例えば録音嫌いで有名だった女流ピアニストのアニー・フィッシャーなんかは、そういう気むずかしさというか、厳しさの典型でしょうか。

      詳細はこちらに記したことがあるので、興味があればご覧ください。

      http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=2237

    • Hippo

      最近の録音現場の情報から何例かあげてみましょう、不十分ではありますが(ソースはサラウンド寺小屋やTwitter)

      1.佐渡裕/ウィーン・トーンキュンストラー管:英雄の生涯

      ・編集については、最初の編集とミックス終えてから、佐渡裕氏とともにスタジオで、8時間かけてミキシングして仕上げ。

      以下録音の方針
      ・ミックスのプロセスは、最初のテイクを録音しているときにすでに始まっている。 録音中に各楽器間でのバランスに問題がある場合や、演奏がふさわしいない場合は、それらについてすぐに判断してディレクションする必要がある。「録音のあとでミックスでフィックスする」よりも直接ステージでふさわしいバランスになるようにディレクションして収録したほうが良い。
      ・リスナーが音楽に集中できるようにするには、その音楽にフィットしたホールトーンと個々の楽器間のふさわしいバランスが大事
      ・メインマイクのみのバランスになるか、スポットマイクをミックスしたバランスになるかについては、完全にその部分のスコアに依存

      セッション録音だからできることが多いですね。

      2.P・ヤルヴィ ベートーヴェン:序曲集

      ・編集とミキシングの最終調整を行う「プレイバックセッション」は、指揮者のパーヴォ・ヤルヴィ氏と共に2日かけておこなった。
      ・指揮者より、音楽上の編集とステレオミックスのOKがでたら、スタジオでサラウンドミックスをおこなった。その後、ステレオとサラウンドマスターは、オーサリングスタジオに送られた。

      佐渡氏と同じく、編集とミキシングの最終工程に指揮者が参加。

      3.タベア・ツィンマーマン/ベルリン・ドイツ交響楽団:ヒンデミット作品集

      ・編集とミキシングにおいて特に特別なことはしなかった。ソリスト・指揮者の編集のOKが出てから、ステレオと5.0ch サラウンドミックスを作成した。

      こちらは編集の確認までみたいですね。

      4.2017年吹奏楽コンクール課題曲 大井 剛史/東京佼成ウインドオーケストラ ライブ録音

      ・昨夜の2017年課題曲分の録音チェック
      ・スタジオで編集作業をエンジニアの塩澤(日本コロムビア)さんと共に。どうすればホールの響きと情報量のバランスがとれるか、作曲家が頭に描いた音像と生き生きとしたライヴ感の両立が出来るか、色々ご教示いただきつつ。収録時間は短くとも、手間と思いはしっかりと。(大井氏)
      ・マスタリングが終わったものを最終確認。

      おそらく編集の最終段階ではないか。

      以上、不十分な情報なので、もしかしたら他の工程にも演奏家が参加しているかもしれません。

      推測するに、演奏家が担当するのは基本的に、演奏が再現できているか、という点に重点が置かれているように思います。
      録音の音質という面での参加は希薄かもしれませんね。
      録音の最中に録音された音についてのやり取りは色々あるとは思いますが、最終的な音質を決めるものではないですしね。

      演奏と録音の両方に責任を持つのは、プロデューサーの役割なのでしょう。
      演奏の専門家+録音の専門家、この両者を活かして録音を進めるプロデューサーは重要ですね。

      演奏家に録音の最終的な音質まで責任を持てというのは少し違うかな?と思います。演奏家にホールの音響まで責任をとれと言っても無理なのと同じく(その環境で最善を尽くすのみ)

      • Fuji

        Hippoさん、Fujiです。

        >最近の録音現場の情報から何例かあげてみましょう、

        Hippoさんの仰る通り、いくつかの事例は承知していますが、これらは数少ない例外だと思います。特にソリストの方々はどうなんでしょうか、録音に関して注文を付ける方がどれ位い居られるのでしょうか、私の感覚では録音作業に興味のある演奏家は全体では微々たる数だと思うのですが。

        >演奏家に録音の最終的な音質まで責任を持てというのは少し違うかな?と思います。演奏家にホールの音響まで責任をとれと言っても無理なのと同じく(その環境で最善を尽くすのみ)

        勿論演奏家だけが責任を取れとは言いません、しかしながら一つの音源を仕上げるのは録音技師と演奏家の共同作業で有り、どちらが欠けても成立しません。演奏家に一から十まで関与しなさいとは言いませんが、少なくとも出来上がった音源の出来栄えを確認し、もし不出来だと感じたら注文を付ける位は出来るでしょう。スタジオ録音は別にして、ホールの音響に関してもそのホールで演奏会を数多く開いていればその癖は理解されていると思いますし、当然そのホールの一番バランスの良い音で鳴る場所の音は把握しているはずですから、それらを参考に出来ると思います。ですから音楽の録音作業は、私は演奏する人、貴方は録音する人では無く、あくまでも録音技師と演奏家の共同作業と言うスタンスで事を進めれば少しは質の良い音源が増えて来るのではないでしょうか。そういう意味ではたとえ演奏家で有ろうと責任の一端は有ると言う事です。出来上がった音源は将来歴史的名演奏になる可能性が有る訳ですから、名演奏だけど酷い録音だなどと言われる様では演奏家、録音技師、リスナー、それぞれにとって不幸な事だと思うのですが。

        • Hippo

          こんにちは。

          >これらは数少ない例外だと思います。

          そうなのですか。一般的にはどのようにされているのでしょう?
          もし、編集の確認もしないとなればかなり問題な気がします。

          なお、私のあげた例は、演奏家は演奏に責任を持つ・音質(マスタリングまで)に関してはどの程度関与するか不明といものです。

          >あくまでも録音技師と演奏家の共同作業と言うスタンスで事を進めれば少しは質の良い音源が増えて来るのではないでしょうか。

          一般的にそのようにして録音していると理解しています。そのそう取りまとめがプロデューサですね。
          演奏しっぱなし・録音しっぱなしってのは、一部のライブ録音ではあるかもしれないですが。(テレビで演奏しにくい位置に置かれたマイクをソリストが足で蹴ってのけていたのを見たことが ー 笑 -)

          演奏家は自分の音を客席で聴いたことがありません。また、ホールにしても録音に最適な位置や響きを熟知しているわけではありません。

          演奏家・録音チームの共同作業であるのは間違いないですが、それぞれ専門性を活かすのが、本筋だと考えています。

          なお、以前のレーベルのカタログを揃えるための録音が氾濫していた時代(特に人気スターを起用)より、現在の方が正常ではないかと思う次第です。

  • Fuji

    ユングさん、Fujiです。

    長文の投稿ですが、なにとぞご容赦下さい。

    Hippoさん、Fujiです。

    >そうなのですか。一般的にはどのようにされているのでしょう?もし、編集の確認もしないとなればかなり問題な気がします。

    全くその通り問題だと思います、この辺りの確認をきちっと行い不十分であれば助言する等すれば、少しは良い録音の音源がが増えるのではないでしょうか。

    >(テレビで演奏しにくい位置に置かれたマイクをソリストが足で蹴ってのけていたのを見たことが ー 笑 -)

    この様な事が起こるのは双方がお互いの仕事を理解してないからではないですか、全く録音技師と演奏家の共同作業になって無いと思うのですが。

    >演奏家は自分の音を客席で聴いたことがありません。また、ホールにしても録音に最適な位置や響きを熟知しているわけではありません。

    ホールに合わせて出す音を合わせるそうです。勿論自分で今出している音を聴く事は出来ないでしょうが、リハーサル時に別の人にどの様な音になっているかを確したり、オーケストラであれば実際に演奏させて音を確認することも可能ですから、それ位の準備はするでしょう。その様な演奏家(指揮者)は多いと思います。

    >演奏家・録音チームの共同作業であるのは間違いないですが、それぞれ専門性を活かすのが、本筋だと考えています。

    それはプロですから当たり前の事だと思います、私が言いたいのは演奏家、録音技師の共同作業で作られた商品(音源)ですからその品質を演奏家、録音技師双方が保障するのも又、当たり前の事ではないでしょうか。音源には演奏者、録音技師双方の名前も明記されている音源も多いと思いますので、その名に恥じる事の無い様な録音であれば何も文句は有りません。

    >なお、以前のレーベルのカタログを揃えるための録音が氾濫していた時代(特に人気スターを起用)より、現在の方が正常ではないかと思う次第です。

    ユングさんが述べられている様に、(最後の「音決め」はラジカセを使って行うメジャーレーベルもあったそうです。)これだけは勘弁して欲しいものです、私もその様な音源を持っていますが自分の装置で聴いたらまともに聴けたものでは有りません。それこそ、欠陥商品をつかまされた様なものです。それでもどこにも文句は言えず泣き寝入りするしかありません。この頃は演奏家、録音技師の共同作業は余り無かったと思わざるを得ません。もし演奏家がこの手の録音を聴いたらどの様な評価を下すのでしょうか。とにかくラジカセで音楽を聴く人にラジカセで音が良く聴こえる様なマスタリングは必要ないでしょう、何もラジカセで音楽を聴いて満足し音質を気にしてない人に合わせる必要は無いと思います。それより心あるオーディオユーザーがどの様な装置で音を聴き、どの様な録音、音質を望んでいるか調査しそれを商品に生かす事位は精力的に行うべきです。勿論、ユーザー側にも色々な考えや好みの違いは有るかとは思いますが、調査が進めばおのずとその方向性は見えて来ると思います。自分たちの作った(製造した)音源(商品)がどの様に受け入れられ評価されているのか位は知っておくべきでしょう。それを基に多くの良い音源が出てくればそれに越した事は有りません。

    確かに以前に比べ録音の質は良くなって来たとは言え、まだまだ不十分だと思います。私の望みは購入した音源を心行くまで楽しみたいだけです、高いお金を出して購入した音源の音が悪くて楽しめないのではこれ程不幸な事は有りません。この様な事が度々有るので演奏家も録音技師もしっかりして下さいと言いたいだけです。Hippoさんがお持ちの音源の中で音楽を心行くまで楽しめると思われる音源は全体の何%位有るのでしょうか、私の場合は10%位です。又、1970年代以前の録音はやはりLPで聴く方に分が有ると思いますが、近年マスタリングが良くなって来たせいかデジタルで再生してもかなりLPの音に近付き良い音で鳴ってくれる音源も増えて来ましたから、これは良い事だと思っています。

    • yung

      ユングさんが述べられている様に、(最後の「音決め」はラジカセを使って行うメジャーレーベルもあったそうです。)これだけは勘弁して欲しいものです、私もその様な音源を持っていますが自分の装置で聴いたらまともに聴けたものでは有りません。

      これは録音サイドに立って弁解するつもりではありませんが、致し方のない部分はあります。
      何故ならば、商売である以上は、自分たちが提供している録音が「どのような環境」で聞かれるかは無視できない要因だからです。
      そして、もしもその録音が基本的にラジカセで聞かれることが大部分だという「事実」があるならば、最終的にラジカセで再生してどのように鳴るかで「最後の音決め」はせざるを得ません。ですから、いわゆるポップス系の音源は80年代にはいると、基本的にこのスタンスで最後の音決めがされている雰囲気です。(私が大好きなみゆき姐御の録音も70年代のものは素晴らしいのに、ある時を境にクオリティがぐっと落ちてしまいます。)

      ですから、ソフトを買う側も、自分の目指すものとの整合性をとらなければいけないのです。クラシック系の場合はそこまで再生される環境はプアだとは想定されていないのですが、それでもきちんとしたシステムで再生されることも想定していないので、ある種の「手加減」が加えられるようになったことは否定できません。

      私が今回、このようなシリーズを始めたのは、その様な「手加減」が一切無かった時代の録音を振り返ることで、本当に優れた録音をとはどのようなものかを考えるきっかけとなればいいと考えたからです。
      さらに言えば、50~60年代の録音が素晴らしいのはそういう「手加減」が一切ないことに加えて、何よりも「演奏」そのものも素晴らしいことです。そして、その様な素晴らしい「演奏」を多くの聞き手に届けるために献身していることです。

      • Fuji

        ユングさん、Fujiです。

        >最終的にラジカセで再生してどのように鳴るかで「最後の音決め」はせざるを得ません。

        商売上の理由だと言う事は理解しているつもりです。しかし先の投稿で

        “(ラジカセで音楽を聴く人にラジカセで音が良く聴こえる様なマスタリングは必要ないでしょう、何もラジカセで音楽を聴いて満足し音質を気にしてない人に合わせる必要は無いと思います。)”

        この様に述べましたが、音質を気にしない方々であれば通常の真面なマスタリングをした音源でも気にしないのではないのですか、音さえ出ていればよいと言う耳の持主で有れば関係ないと思うのですが。それは単なる口実で、本当の理由はラジカセに合わせるマスタリングの方が簡単だからじゃないのか、と勘繰りたくなります。

        >いわゆるポップス系の音源は80年代にはいると、基本的にこのスタンスで最後の音決めがされている雰囲気です。

        J-POPなどに見られる様なコンプをかけまくった、ただうるさいだけの音源などは時代背景が有るとは言え録音技師として、あまりにも節操が無いと言わざるを得ません。その心の奥底には金にさえなれば良いと言う魂胆が見え、録音技師としてのプライドはどこに行ってしまったのかと言わざるを得ません。ただこの音圧競争も最近になって大分是正されて来た様な話もありますが早く正常に戻って欲しい物です。

        >50~60年代の録音が素晴らしいのはそういう「手加減」が一切ないことに加えて、何よりも「演奏」そのものも素晴らしいことです。

        全くその通りだと思います、私は現在に於いても当時の状況に出来る限り近付いて欲しいと言う願いからこの様な投稿をさせて戴きました。とにかく50~60年代はすでに過去のものですから動かす事は出来ません。動かせないからこそ、当時の素晴らしい音源が数多く残っていると言う事は実に恵まれていると思う訳です。しかし現在も歴史は刻まれている訳ですから、将来50年先、60年先になってその時代の人々が50年前、60年前の録音は良かったと評価される様になって欲しいと願っております。私は当時の音源だけではなく、現在
        の若い演奏家の音源も積極的に聴く様にしております。これから歴史を作っていく方々ですから応援もしています。だからこそ、演奏だけではなく録音の質についても関心を持ち関与して欲しいと考えております。

      • 如月

        ラジカセに合わせたリマスターは、もう避けられない現実だと思います。例えば、一昨年はエディツト・ピアフの生誕100年だったので、LPレコードも一枚付いた20枚組のCDが出ました。レコードには、SP時代の「バラ色の人生」、「愛の賛歌」などが入ってます。

        こういう場合、大抵はCDとレコードでマスタリングが違います。CDはより一般受けするようにラジカセ的な編集です。レコードはそれよりも少しおとなしめですが、元のSPと較べるならば、相当に高音を強調しています。

        この音を普通にPC付属のスピーカーで聞くと、CDの編集が一番よく聞こえます。高音が強調されているので、輪郭がはっきりとした音になりますから。SPから自録りした音源は、かなり不鮮明な印象となります。売り物として考えると、CDのマスタリングは正しいのかなあと思わざるを得ません。

        それなりの装置で聞くのならば、評価は完全に逆転します。CDは高音がシャカシャカしていて、煩いだけです。SPならば、1950当時の音はこんなだったんだろうなと、当時の風景が浮かんでくるような音です。でも今はそんな聞き方をする人は少ないので、CDのような音作りになるのは仕方ないのでしょう。

        これはほぼ全てが編集の問題ですから、CDにだって勿論SPの音は記録できます。逆は無理ですけど。一般的に誤解されているようですが、CD、LP、SPの違いは編集によるものが大半です。メディア自体の問題ではありません。

        自分で LPやSPからデジタル化して音声編集ソフトで信号を眺めると、それは明らかです。LPから復刻したCDの場合、書き込まれている信号は、リマスタリングの結果、元のLPとはまるで違うものになってます。同じ音になる訳がないのです。

        でも商売上、これはもう仕方ない事です。どうしてもという場合には、自分でLPからデジタル化するしかありません。幸い、今はハードもソフトも簡単に手に入りますから、そんなに難しい事ではなくなりました。

        • yung

          ラジカセに合わせたリマスターは、もう避けられない現実だと思います。

          残念ながら、これは私も同感です。
          Fujiのコメント

          「ラジカセで音楽を聴く人にラジカセで音が良く聴こえる様なマスタリングは必要ないでしょう、何もラジカセで音楽を聴いて満足し音質を気にしてない人に合わせる必要は無いと思います。」

          これは言わんとするところはよく分かるのですが、問題の本質は少し違うのかなと思います。
          ポイントは、如月さんが書かれているように、まさにラジカセで聞いたときに「ベスト」に聞こえるように編集する必要があるのです。

          つまりは、ラジカセをメインで聞いている人も決して「音質」を気にしていないわけではなくて、まさに自分たちが音楽を聞く環境でより「ベター」に鳴り響くような音源(つまりは編集)を求めているのです。
          そして、音源を買ってくれるユーザー層の圧倒的大部分がその様な環境と要望を持っている以上は、企業としてはその要望に応えないと商売にならないのです。

          ですから、そこに文句を言っても始まらないし、それが録音に携わるものにとって忸怩たる現実であっても、宮仕えである以上は従うしかないのです。
          まさに「すまじきものは宮仕え」なのです。

          ですから、第1義的に重要になるのは、受けとる側が賢く選択するしないのです。

          ただ、驚いたのは、こういうシリーズを始めても殆どスルーされるだろうと思っていたのですが,かくも多くのコメントをいただけている事です。
          もしかしたら、オーディオというのはハードだけで完結するのではなく、ソフトも同じほど重要だと言うことを少しずつ感じ始めているのかもしれませんね。

          Fujiさんの、おそらくは歯がゆいほどの熱い思いは全く同感ですが、なかなか現実は厳しいようです。

          • Hippo

            最近は、ラジカセではなく、ヘッドホン・イヤホンを使うポータブル環境を意識しているでしょうね。

            あるクラシックのCD では、据え置きオーディオ用とポータブル環境用にそれぞれマスタリングをして2枚組CDを出しているとこがありました。(すぐに名前が出てこない)

            ポピュラー系で音圧競争でコンプ・リミッターかけまくりの音源が流行っていますが、そのような音を録音家が求めたわけではありません。
            シャッフル再生など色々なアルバムの曲をまぜこぜにして再生するリスナーの指向が原因です。ボリュームを弄らないのですね。だから、音量が違うのを嫌います。音の大きな方がよく聴こえるので、結果、音圧競争となってしまいました。

            ミックスレベルでコンプかけまくって音をつぶしてしまっているところもあります。これは録音家・演奏家のセンスがないと思います。ミックスまでは通常で、主にマスタリングでコンプ、というところは、音圧競争が終わったらそれなりにちゃんとした音源を出してくる可能性があります。

            クラシックは音圧競争があまりないですが、少々影響を受けていると思われる録音やリマスターがあるそうです。

    • Hippo

      こんにちは。

      >この辺りの確認をきちっと行い不十分であれば助言する等すれば、少しは良い録音の音源がが増えるのではないでしょうか。

      編集は演奏面の話ですから、基本的に演奏家の承認&確認を取りますよ。録音音質ではないです。

      >ホールに合わせて出す音を合わせるそうです。勿論自分で今出している音を聴く事は出来ないでしょうが、リハーサル時に別の人にどの様な音になっているかを確したり

      この「別な人」が録音の場合は、プロデューサーであったりエンジニアであったりするのです。

      演奏会では、コンサートホールでお客さんにどう音が届くかを想像して演奏します。
      録音では、オーディオ装置を通して響く音がどうであるかがポイントです。
      両者は別物です。視覚要素があって一回限りの演奏会と、視覚要素がなく何度も繰り返して聴く録音は観点が違います。

      鳴ってる音を一点でそのまま録ればよいという方式のワンポイント録音が決して主流にならないのも想像がつくかと思います。

      録音にあたっては、演奏家と録音家が共同で作業するのが基本ですし、実際にそうされています。演奏家が録音ではそれはまずいという指摘を受け入れる場合もあるでしょうし、そんなこと知ったことかと、ま、極端になればケンカにも(笑)

      以上のことから、演奏に関しては演奏家、録音移管しては録音家、総合的にはプロデューサーが責任を持つべきと考えています。

      演奏家に録音の音質の責任まで求めるのは、筋が違うと思いますし、必ずしも優秀な録音を生むことにはならないと思います。もちろん、カラヤンのようにオーディオ好きな演奏家がいても良いでしょう、余計な口出しをしなければ。。

      • Fuji

        Hippoさん、Fujiです。

        Hippoさんは、演奏家、録音技師はその専門性を生かし、お互いの領域には干渉しない方が良いとのご意見かと思いますが、それでは出来る限り1970年代以前の様な素晴らしい音源が次々に生まれて来る様な状況にこれからして行く為にはどの様な方策が必要かと考えておられますか。或いは何かご提案等がございましたら是非お聞かせ戴きたいのですが。

        • Hippo

          こんにちは。

          そうですね、干渉は良くない。でも協力は必要。マーキュリー・リヴィング・プレゼンスに南北戦争のアルバムが有ります。
          金管奏者は舞台の後ろ向き、木管奏者は前向き、指揮者は舞台の後(木管は指揮見えないぞ)、なんてことをやってます。
          録音のために必然性があったのでしょう。でも、だから演奏がダメだったという言い訳・責任逃れは演奏者はしてはいけないと思います。
          それぞれの専門分野で最善&責任を尽くす(プロデューサの責任で)と。

          >1970年代以前の様な素晴らしい音源が次々に生まれて来る様な状況

          これに関しては、本当にそうなのか?という検証から始めないといけないですね。

          yungさんのこのシリーズがどんどん展開してくれば・・・と期待します。

          最近の録音、決して悪くないというのが私の印象です。ダメなのはダメ、というのは昔から変わらないですが。

          >どの様な方策が必要か

          わかりません。大レーベルが他のジャンルや家電で儲けたお金をクラシックにつぎ込んでくれることはもうないです。
          なので、いかにマイナーレーベルが自立してやっていけるか、同時にオーケストラの自主レーベルのように演奏家主体でやっていけるか、そのためには優秀な録音スタジオ(場所でなく組織)が存続・成長するかだと思います。

          まずは、録音プロデューサーやキーになるエンジニアの名前を、CDなり音源のブックレット等に明記(おまけのような書き方でなく)していくことかな、と思います。
          映画はやりすぎ感がありますが、見習うべきと思います。

          • Fuji

            Hippoさん、Fujiです。

            >これに関しては、本当にそうなのか?という検証から始めないといけないですね。

            確かに検証を進める必要は有ると思います。私も1970年代以前の様な素晴らしい音源とは言っていますが、全部が全部素晴らしいとは言えません、中には酷い物も有ります。私も1960~1970年代の頃はレコードを良く聴いていましたから、この辺りは承知しています。

            >最近の録音、決して悪くないというのが私の印象です。

            それは私も感じています。相変わらず酷い音源も有りますが、以前の音源に比べれば随分良くなって来たと感じています。もう読まれたかと思うのですが、優秀録音の検証~「RCA」にも(オーディオユニオン新宿店のアナログとハイレゾの対決)に出向いた時の印象等を投稿させて戴きました。

            >わかりません。大レーベルが他のジャンルや家電で儲けたお金をクラシックにつぎ込んでくれることはもうないです。

            そうなんですよね、全てに経済性が優先される世の中ですから、この様な儲からない事業に投資をする様な企業は残念ながら無いでしょうね。しかしながら、実現するのは無理だと思いつつも、ただ口をつぐんでいても何も始まらない、何か言わなければ何も改善されない、との思いからあの様な投稿をさせて戴きました。

            >録音プロデューサーやキーになるエンジニアの名前を、CDなり音源のブックレット等に明記(おまけのような書き方でなく)していくことかな、と思います。

            私もこれは絶対に必要だと思います。ある程度目立つ様に録音関係者の名前が明記されていれば、ユーザー側の好みは別にして、録音の優劣等の評価を下せますから、音源を購入する時の良い判断材料の一つになると思います。又、音源に名前が堂々と記載されていればこれらの方々の身も引き締まると思いますので、きっと良い仕事をして戴けるでしょう。

  • Fuji

    皆様、Fujiです。

    皆様、色々とご意見戴き感謝申し上げます。私が今回この様な内容の投稿をさせて戴いたのは、単純に1970年代以前の様に素晴らしい音源が次々に生み出されて来た環境に出来る限り近付いて欲しい、との願いで有り他意はございません。1980年代以降のアナログからデジタルに切り替わって行った時代背景が有るとはいえこの落差はあまりにも大きく、これを出来る限り元の状態に戻したい、との思いであの
    様うな意見を述べさせて戴きました。演奏家も録音作業に積極的に関与すべきと言うのもその選択肢ではないかと考えました。皆様方との見解の相違が有るとは言え、方法論は別にしてあの頃の素晴らしい音源が次々に生み出されていた環境に出来る限り戻って欲しい、と言う願いに付いては皆様方も異論はないと思いますが如何なものでしょうか。この様な議論がこの場限りで終わる事なく、特にユングさん
    の様に影響力が絶大な方には精力的に発信して戴ければ誠に素晴らしい事だと思っております。

    いずれにしましても皆様方からの貴重なご意見を戴き改めて感謝申し上げます。これに懲りず今後とも宜しくお願い申し上げます。

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